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ISASコラム

宇宙・夢・人

ロケットと花火を見上げる化学屋さん

(ISASニュース 2003年11月 No.272掲載)
 
宇宙輸送工学研究系 羽生 宏人
はぶ・ひろと。宇宙輸送工学研究系助手。
1969年、東京都生まれ。工学博士。
東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻博士課程修了。専門は推進燃料工学。2002年、宇宙科学研究所入所。宇宙ロケット用固体推進剤や探査機に搭載する燃料電池などの研究・開発を行っている。
Q: ご専門は化学ですね。
ロケットの研究・開発の分野では、化学系の研究者は少数です。しかしISASは、“化学の目”で見る人も不可欠だという考えを持っているのです。私は堀恵一助教授とともに、化学者の視点からロケットの推進剤の研究・開発を行っています。

 これからの推進剤のキーワードは高性能、低公害です。ロケットの打上げの写真や映像をご覧になると分かりますが、煙がモクモクとたくさん出ます。実は、あの煙には塩酸が含まれていて、環境に良くないのです。できるだけ塩酸を含まない推進剤を開発することが、目下の課題です。しかも、性能は今よりも良くしなければならない。これが結構高いハードルなんですよ。

 推進剤の開発過程では、さまざまな物質について、組み合わせや調合割合を検討します。コンピュータ上で良い答えが出ても、実際に燃焼試験をしてみると予想外の結果になることも多いのです。でも、それがまた面白いところです。常識的に考えれば使わない物質を入れたら意外と良かった、ということはいっぱいあります。常識にとらわれていては、新しいものは作れませんね。燃焼試験は、東京都あきる野市にある「あきる野実験施設」で行います。手を真っ黒にして、汗だくになってやっています。
Q: 5月に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」は、ミッションの立ち上げ当初から参加されたそうですね。打上げはいかがでしたか。
私が大学院生としてISASに来たころ、ちょうどM-Vロケット1号機の打上げがありました。そのときは単なる傍観者でしたが、ロケットを身近に感じられた初めての出来事でした。

 今回の「はやぶさ」は、ロケットが1段ずつ組み上がっていくのを実際に見ていましたから、まったく感じ方が違いましたね。打上げ前日にはロケットの機体の前で「ちゃんと異常なく燃えてくれ」と本気で祈りましたよ。打上げの時には、煙の出方を祈るような気持ちで見つめていました。言葉で言い表せないほどの強い振動を全身で感じながら、M-Vロケットの大きな機体が上がっていくのを見て、究極の仕事をしているんだなと実感しました。
Q: M-Vロケットは世界トップレベルの固体燃料ロケットと言われていますね。
「はやぶさ」の打上げも、とても高度な制御技術が必要でしたが、軌道に載せることに無事成功しました。M-Vロケットの性能や制御技術は間違いなく世界トップレベルです。匠の技とでも言うのでしょうか、日本の技術がびっしり詰まってできています。ロケット推進剤は火薬としてみると花火に通じるものがあります。花火も日本が世界に誇る技術ですよね。

 私は化学屋なので、花火を見るとあの色が何の元素でできているのかを、つい考えてしまうんです。単にきれいだなという見方はしない、というかできないですね。花火が上がると、思わず化学元素名をつぶやいてしまう。夢がないってよく言われます(笑)。
Q: 化学の魅力はなんですか。
中学時代の先生が「化学は何でもできる」と言っていたのですが、その通りだと思います。同じ元素でも、化学反応によって形を変えることができるのです。しかも、化学反応によって出てくるエネルギーを電力として使ったり、ロケットの推進エネルギーとして使ったりできます。
Q: 20年後、ご自分が何をしていると思いますか。
変わっていないでしょうね。現場に出て、手を真っ黒にしながら、新しい推進剤を追求していることでしょう。

 自分の研究・開発を進めながら、人を育てたいと思っています。最近、火薬を扱うメーカーの若い人たちと、次世代の推進剤はどうあるべきかを自由に議論する場を作りました。

 ロケットの推進剤の研究・開発に熱意を持っている学生も大勢います。でも、実際にやれる場が少なすぎるので、雲の上のことだと思って諦めてしまう人も多い。ISASでは、教育を兼ねた燃焼試験をやっています。実際に計測させたりすると、目の色が変わりますよ。

 一般向けの講演など、裾野を広げる活動はずっとやっていきたいですね。若い人たちのユニークな発想から新しい技術が生まれてくれればいいなと思っています。