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ISASコラム

第6回 金星をめぐる不思議な風

(ISASニュース 2004年2月 No.275掲載)

 古くから明けの明星・宵の明星として親しまれてきた金星は、太陽系の中で唯一、地球に匹敵する大きさを持つ地球型惑星である。しかしこれまでの観測によれば、金星の環境はさまざまな面で地球とは大きく違っている。濃密な大気のほとんどが二酸化炭素であることや、その温室効果のために摂氏460度という灼熱地獄が生じていることなどが挙げられるが、ここでは惑星スケールの風(大気大循環)に注目する。


地球をめぐる風


図1 金星からの荷電・中性大気散逸過程(金星探査計画提案書より)
 まず、地球の大気大循環の特徴を見ておこう(図1)。風を引き起こすものは、太陽光による加熱の場所ごとの違いである。加熱分布は地球の自転によって東西方向にならされるため、風は東西方向にはあまり変化しない。大気は大ざっぱには地球の自転に引きずられて回転しているが、よく見ると中緯度の大気は地面より少し速く回転していて、地面に対して西風(偏西風)が吹いていることが分かる。熱帯地方の地表付近では逆に東風が吹いている。さらに注意深く風を調べて東西方向に平均し、南北―高度断面での風を求めると、南北半球それぞれに3つの閉じた弱い循環が存在することが分かる。地球の東西風は、このような3細胞循環と関連して、自転の効果によって作られている。


金星大気の「超回転」
 それでは、金星の大気大循環はどうなっているのだろうか。金星は地球とは逆方向(西向き)に周期243地球日でゆっくりと自転しており、そのため1昼夜は117地球日と非常に長い。従って、太陽光による加熱は東西方向にならされにくく、昼側で空気が暖められて上昇し、夜側へ流れてから下降するような循環(夜昼間対流)が生ずると予想される。もしそうならば、緯度ごとに決まった方向の東西風が卓越する地球とはかなり異なることになる。しかしいくつかの探査機が調べたところでは、予想に反して、金星で卓越している風はどこでも自転と同じ方向であった(図2)。しかも風速は高度70km付近まで高さとともに増大し、最大で100m/sにもなる。金星の自転は遅く、赤道で1.6m/sなので、東西風速は実にその60倍である。これが金星大気の「超回転」と呼ばれる現象である。地球の自転速度は赤道で460m/sであり、平均30m/sの偏西風の速度はこの1割にも満たないことを考えると、金星の風の異様さが分かるだろう。


図2 米国の探査機Pioneer Venusによる金星の紫外線画像と東西風のパターン
 大気中には何らかの粘性があり、大気と地面の間には摩擦が働くので、特別なメカニズムが働かないかぎり超回転は徐々に弱まり、最終的には自転速度と大差ない風速に落ち着くはずである。従って超回転の問題は、まず第一に、高速の風を維持するメカニズムは何かということである。当初の予想の観点からは、なぜ夜昼間対流が生じないのか、という問い方もできる。


謎の解明に向けて
 超回転が約40年前に発見されて以来、そのメカニズムを解明すべく多くの努力がなされてきた。その結果、南北―高度断面での循環や惑星規模の波が何らかの形で自転のエネルギーを大気に運び上げていると思われるようになったが、まだ理論的に多くの困難を抱えており、一貫したシナリオを描くには至っていない。その理由としては、現在の気象学が広く惑星大気に適用できるほどの普遍性を獲得していないことに加え、鍵となる気象プロセスが観測されてこなかったことが挙げられる。金星には高度45〜70kmに厚い硫酸の雲があり、そのため低高度におけるグローバルな気象データが得られなかったのである。 いまJAXAで進められている金星周回衛星計画(PLANET-C)は、このように謎に包まれた金星の大気大循環を、雲の下まで見通せる新しい赤外線観測手法によって明らかにしようとするものである。金星と地球の比較によって、惑星の大気大循環を統一的に説明する糸口が得られ、ひいては地球大気をより深く理解できるようになると期待される。