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ISASコラム

第2回 水星の磁場と磁気圏

(ISASニュース 2003年9月 No.270掲載)

 太陽系の惑星の中で一番太陽に近い軌道を周っている水星。最も太陽に近づく時の距離は0.31AU(1AUは太陽と地球との距離)、最も離れた時は0.47AUである。水星の半径は2,440kmで、太陽系の惑星では冥王星の次に小さい。

 さらに、惑星の進化を論じる時や、宇宙空間を満たすプラズマの物理を研究する上で重要な特徴として、水星が磁気を持つことが挙げられる。このことは、1974年および1975年の米国マリナー10によるフライバイにより発見された。水星が磁気を持つことの重要性や意外性はそれだけで大変面白い話題なので他の回に譲ることとし、今回はマリナー10による水星の磁気の発見と想像される磁気圏像について述べたい。


図1 1974年3月29日のマリナー10水星フライバイの時に観測した磁場
(Connerney and Ness, 1988)

 1974年3月29日にマリナー10の最初の水星フライバイが行われた。この時の軌道は水星の夜側を通過し、最も接近した時、水星表面からの距離はおよそ700kmであった(図1)。地球の場合にはこの高度であれば2万ナノテスラ以上の磁場が観測されるのであるが、マリナー10が水星で観測した磁場はそれよりずっと小さい約100ナノテスラであった。一方この時の太陽風中の磁場は約20ナノテスラであったから、水星の内部あるいは近傍に、何か新たに磁場をうむものがあることは確かだった。磁場計測を担当したNessらのグループは、同年7月「Science」の速報の中で、「小さいながらもたぶん水星自身が磁気を持っている」と述べ、水星の磁気モーメントの大きさをおよそ地球の2000分の1と見積もっている。しかし断定的な表現を避け、水星近傍の太陽風中で磁場が誘導される可能性も示唆している。翌1975年3月16日、今度は表面から300km、しかも、もし水星中心に双極子モーメントが存在するのであれば、最も磁場が強いと予想される北極域をフライバイした(図2)。今度は約400ナノテスラの磁場が観測され、双極子の極に特徴的な磁場の回転が見られた。同年5月の「nature」で、Nessらは「水星が磁気を持つことがはっきりとした」と高らかにうたっている。


図2 1975年3月16日のマリナー10水星フライバイの時に観測した磁場
(Connerney and Ness, 1988)
 このように「水星は磁気を持つか、持たないか」に対する答えが出てから、すでに30年近くがたとうとしている。この間、新たに水星に向かった探査機はなく、現在の予定では、次は米国のメッセンジャー、続いて日欧共同のベピ・コロンボであるが、いずれもこれから数年は待たないといけない。その間、科学者は知識と想像力とで、水星の周囲の磁場の勢力範囲―磁気圏―と、その磁場に支配されているプラズマの動きに机上で想いをめぐらせてきた。その結果描かれた磁気圏の想像図が図3である。我々の持つ惑星磁気圏の知識はそのほとんどを地球の磁気圏から得ているので、悲しいことに、地球の磁気圏をそのまま小さくして描くのが精一杯である。もしも大きな動物としてカバしか知らない人が目隠しをしてゾウの足をなでたら、その人はやはりカバに似た動物を思い浮かべるに違いない。現在の私たちは、この世に鼻の長い動物がいるとは思ってもみない人と同じかもしれない。


図3 水星磁気圏の想像図(Russell 他, 1988)
 地球の場合と比べて磁気圏のスケールが小さいこと、形が(たぶん)多少いびつであろうこと、大気が薄く電離層がないことが、水星磁気圏の形成に関連するプラズマの素過程にどのように関連しているのだろうか。このことは、水星周回探査機を実現させ多点におけるデータを蓄積して初めて明らかになるのである。また、地球磁気圏の場合には、その中のプラズマの振る舞いは、源である太陽風に大きな影響を受けるため、太陽風との同時観測によって理解が飛躍的に進んだ。水星の場合にも、複数衛星による太陽風あるいは磁気圏中の他の場所における同時観測によって、より正しい理解が得られるものと期待される。