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ISASコラム

第1回:金星にカコウ岩を探す

(ISASニュース 2003年8月 No.269掲載)

カコウ岩というのは熔けた岩石が固まってできる火成岩の分類のひとつである。火成岩は太陽系内のさまざまな天体に存在することが知られているが,そのほとんどは玄武岩と呼ばれる種類のもので,現在までのところカコウ岩の存在が確認されている天体は地球だけとなっている。すなわちカコウ岩の存在は,地球という惑星を特徴づける性質のひとつと言えるだろう。

カコウ岩の成因については,まだよく分かっていないところもあるが,水を含んだ玄武岩が再溶融することによって生成すると一般に考えられている。地球においては,水を含んだ海洋底地殻(玄武岩からなる)がプレートの沈み込みに伴って高温の地球内部に運ばれることで再溶融し生成すると考えられている。すなわち,地球に海洋が存在し,かつプレート・テクトニクスのあることが,地球においてカコウ岩を生成する要因となっている。地球以外の天体にカコウ岩が発見されていないことは,地球以外の天体に海洋やプレート・テクトニクスがないことと整合的であると言える。

しかし過去にさかのぼるとどうであろうか? 地球の両隣りの惑星である火星と金星には,いくつかの証拠から過去のある時期に海洋が存在していた可能性のあることが示唆されている。もし仮に,過去のある時点において海洋が存在し,プレート・テクトニクスが働いていたとしたならば,そこでは地球と同様にカコウ岩が生成されていたと考えられる。したがって今は海洋が存在しない火星や金星でカコウ岩を見つけることができたなら,それは過去にその天体で地球と同様に海洋が存在しプレート・テクトニクスが働いていた証拠と考えることができるのである。また,海洋の存在は,液体の水が生物活動に必須と考えられていることもあって,生命と関連づけられて語られることが多い。そしてプレート・テクトニクスは,大気中の二酸化炭素量のコントロールに関与し,温暖な気候を安定に維持する上で重要な働きをしているとする説がある。だとすると,カコウ岩の存在は海洋とプレート・テクトニクスにとどまらず,生命が発生・進化するに必要な環境が存在したことをも示唆すると言うことができるのかもしれない。

では,どのようにしてカコウ岩を探せばよいのだろうか? いちばん確実なのは,現場へ行って岩石を見ることである。しかし,地表に探査機を降ろしての観測は,広大な惑星表面を点で観測することであり,広くカコウ岩を探索するという目的には適さない。そこで惑星表面を面的に観測する方法,例えば惑星の周回軌道上や地上からのリモートセンシング観測によって,カコウ岩を探索する手法の開発が必要となる。特に金星の場合は,地表温度が735Kにも達する高温の世界で,地表での活動が大きく制限されることからも,その必要性が高い(過去にソ連が送り込んだ探査機[着陸船]の地表での寿命は最長でも約2時間)。最終的には着陸してその場観測によってカコウ岩の存在を確認することが必要であると考えるが,まず着陸点を決めるための全球的なサーベイ観測を行うことが先決である。 しかし,金星の地表を大気の外から観測することは,地表に降りることと同じくらい難しい。金星の地表は,地球の約100倍もある分厚い大気と惑星全面を切れ間なく覆う硫酸の雲によって隠されており,光を使っては地表を観測することがほとんどできない。1990年代の初めまでは,波長10cm以上の電波以外では地表を見ることはできないと考えられ,大気の外からの観測で金星地表にカコウ岩を探すことは不可能と考えられていた。しかしその後,近赤外域に大気と雲を透過して地表を観測できる波長のあることが発見された。

近赤外線で地表が観測できる理屈は次のようになっている。近赤外域にある特定の波長の光は,他の波長と違って大気や雲に吸収されることがなく,大気と雲を透過することができる。また金星の地表は高温なので,近赤外域の波長においても熱放射を射出することができる。そのため地表から射出された熱放射が大気の外まで漏れ出てきて観測されるのである。地表から射出される熱放射の強度は温度と放射率によって決まり,放射率は物質によって変わることから,放射率を使って地表物質を制約することができる。ただし,大気の外へ漏れ出てくる光は雲による散乱の影響を受けており,地表放射率を推定しカコウ岩を発見するためには高精度の観測が必要とされる。

今後,「すばる」望遠鏡を始めとする巨大望遠鏡による観測やVenus Climate Orbiter(PLANET-C)計画に,金星カコウ岩発見の期待がかかるものである。