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ISASコラム

第48回
火星探査機「のぞみ」その5

(ISASニュース 2007年4月 No.313掲載)

のぞみ

ついに火星周回を断念

涙ぐましい長期にわたるオペレーションにもかかわらず、2003年12月9日、共通系電源(CIPSU)の回復が見込まれないことが確認されたため、ついに断腸の思いをもって火星周回軌道への投入を断念しました。とはいえ、万が一にも火星へ衝突することのないようにしなければなりません。その衝突確率を下げるために軌道変更のコマンドを打ち、その結果、12月14日、「のぞみ」は火星の表面から約1000kmのところを通過し、12月16日には火星の重力圏を脱出して、太陽を中心とする軌道を回る人工惑星になりました。

所内では直ちに不具合調査委員会が設立され、中谷一郎先生、早川基先生を中心に「のぞみ」チームは精力的に事故原因の究明を行いました。その結果を踏まえ、最終的に宇宙開発委員会の不具合調査部会において、「のぞみ」に生じた二つの不具合に関して、その原因究明および今後取るべき対策、科学衛星の設計思想へ反映すべき事項などが取りまとめられました。

「のぞみ」が残したもの

こうして日本初の火星探査機「のぞみ」は、目的とした火星周回軌道への投入ができず、開発に携わった多くの方々、特に火星の上層大気と太陽風との相互作用を研究する研究者にとって大変残念な結果になってしまいました。しかしながら、今後の惑星ミッションを行う上で、我々に多くの教訓と工学的成果を与えてくれました。「のぞみ」は日本で初めての本格的な惑星ミッションで、工学的には多くの開発要素があり、大変な難しい問題に幾度か直面しましたが、チーム一丸となって取り組み、知恵と頑張りで解決し、実りの多いミッションだったと思います。

紙面の関係で詳しく述べることはできませんが、報告によると、「ミッション解析、軌道の設計・運用技術、軌道を精密に決定する技術、自律化技術、超遠距離の通信を実現するための通信機器技術と運用技術、搭載機器を極度に軽量化する技術、地上支援のために必要なソフトウェアの大幅な人工知能化」など多くの工学的な成果がありました。

これらの中でも、自律化技術など運用にかかわるいくつかの技術は、すでに2003年5月に打ち上げられた小惑星ミッション「はやぶさ」に大いに活かされています。特にこのミッションで最大の課題であった「地獄のような重量削減要求」に対し、それを実現させた「軽量化に関する技術」について、真っ向からこれに取り組まれたNECシステム担当の安達昌紀さんは「軽量化達成のポイントは間違いなくシステムの“執念”です」と語っておられます。

おわりに

5年の間、「のぞみ」は日本初の惑星探査機として幾多の難関を乗り越えつつ、金属板に刻印された27万人の人々の名前とともに、太陽系空間を航行し火星を目指してきましたが、残念ながら期待に応えられず、いま一歩のところで及びませんでした。この経験をもとに、力不足だったところや反省すべきところを謙虚に受け止め、至らなかったところを見直し、対策を施し、それが今後の衛星設計に反映されれば、今回の失敗は次のミッション成功への道になると思います。特に大事なものは「のぞみ」で得た貴重な人的経験であり、そのノウハウを若い後輩に引き継ぐ努力が必要であると確信しています。

(井上 浩三郎)

1998年7月4日の打上げを前に、最終整備を終えたPLANET-B(のぞみ)