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ISASコラム

第42回
スペースVLBI衛星「はるか」その3

(ISASニュース 2006年7月 No.304掲載)

はるか

有効口径8mアンテナの開発

世界で初めて軌道上で展開に成功した8mアンテナの開発は、大変難しい局面を何度も乗り越えねばなりませんでした。このアンテナ開発は、プロジェクトマネージャーの廣澤春任先生のもと、高野忠、名取道弘両先生が担当されました。実際の設計・製作は三菱電機(株)と日本飛行機(株)で、三菱電機の責任者の三好一雄さんは、大変苦労した点を次のように語っておられます。

「このアンテナは三浦公亮先生の考案されたケーブルテンショントラス構造というものを使用しています。形状近似誤差を小さくするため、1辺20cmほどの三角形状のケーブルで金属メッシュの反射面を支持しており、ケーブル総数は約6000本になります。これらがすべて理想的な長さででき、伸び縮みがなければ、各接点は理論通りの鏡面を形成します。
しかし、現実には製造誤差があり、張力の変化、温度変化などによる伸び縮みで、理想鏡面からのずれが生じます。そのため、背面側のケーブル(これもテンショントラス構造)と接続しているタイケーブルの長さを調節することにより、鏡面精度を追い込む構造となっています。(中略)テンショントラス系は剛性の高い太いケーブルを高精度の治具を用いてできるだけ正確に作り、強固で精度の高い構造を作ります。この間を細分化するケーブルネット系は剛性の低いもので、タイケーブルによる調整が容易にできるようにし、張力も低く抑えてマストにかかる力を低減しました。このような複合構造とすることにより、何とかケーブル系で鏡面を形成する解を見いだしました。このアンテナの最大の難関はケーブル絡み防止でした。見るからに絡みそうな多数のケーブルを持つアンテナをどうやって無事展開させるか、いろいろアイデアは出たものの結局は試験をやりながら試行錯誤で作り出しました。そして、
(1)跳ね上げ式保持プレート、
(2)背面メッシュ、
(3)順次展開方式
を採用しました」

また、高野先生は、次のようにも語っておられます。「ちょうど設計時期に、NASAから木星探査機Galileoが打ち上げられましたが、その展開アンテナは簡単な機構にもかかわらず、展開できませんでした」。その原因は骨組みにケーブルが絡まったためで、その教訓から、「伸展マストに、収縮機構を入れました。開発の初期に、展開モデルを作り、展開試験をしたところ、ケーブルが引っ掛かるため10回やっても一度も成功しませんでしたが、この収縮機構の対策のおかげで、ほぼ100%開くようになりました。その段階で公開して見ていただいたわけですが、大部分の人の反応は、『これは、開かないのではないか』でした。そのくらい難しいことだったのです」

地上での最終アンテナ展開試験風景(各部分の動きを注意深く目視しながら行われました)

緊張の中、大型アンテナの展開成功

「はるか」の展開型のパラボラアンテナは、鏡面は金属メッシュとケーブルからできており、6本の伸展マストで鏡面を伸展します。主反射鏡の有効開口径は8m、構造物としての最大径は10mです。

打上げから12日後の1997年2月24日、関係者は内之浦に集合し、万全の準備で展開実験に臨みました。まず副反射鏡の伸展が順調に行われ、次いで2月27日、主鏡面の展開実験を開始。この日、大部分の展開に成功して、難関を越えました。翌28日の残作業で無事展開が完了しました。

展開実験の陣頭指揮をされた名取先生は、アンテナ展開の状況を次のように記述しておられます。「姿勢に乱れが生じたとしても基本的には展開を優先することを前提に、慎重な展開手順が事前に検討されました。ノミナルケース以外のさまざまな状況への対応が、不測の事態への対応も含めて、フローチャートの形で図表化され、手順書に反映されました。(中略)オフノミナルの場合については、想定し得るケースについて多数の詳細な検討を行い、手順が確立されました」

このように万全を期して臨んだ展開実験は、緊張の連続でしたが、成功裏に終了しました。この展開で、最大の難関を越えたとき、その様子を見守っておられた名取先生が涙ぐんでおられたのが強く印象に残っています。長い間の努力と苦労を関係者と重ねてこられた末の成功だけに、その思いがこみあげてこられたことと推察致します。

(井上 浩三郎)