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ISASコラム

第28回
工学実験衛星「ひてん」その1

(ISASニュース 2005年2月 No.287掲載)

ひてん

惑星探査においては、スウィングバイというテクニックがしばしば使われます。土星に行くためにまず木星のすぐそばを通り、その重力(と運動エネルギー)を利用して太陽中心軌道の速度ベクトルを大きく変えた「ボイジャー」の場合などがその好例です。日本の惑星探査にも、将来必ずその技術の必要な時代が来ることを見越して、上杉邦憲先生を中心として、スウィングバイおよびそれに関連した技術を修得するための工学実験衛星として、MUSES-Aが計画されました。MUSESはMu Space Engineering Satelliteの略で、「ミューゼス」と読みます。Aは、このタイプの最初の衛星という意味です。

さてMUSES-Aは、1990年1月24日20時46分、M-3SIIロケット5号機によって地球周回の長楕円待機軌道に投入され、「ひてん」(飛天、HITEN:天女の意)と命名されました。当初予定した1月23日の打上げが、ロケット第1段制御系の不具合で発射寸前にエマージェンシー・ストップがかかり、翌日の打上げになったものです。「ひてん」の初期軌道制御後の平均軌道は、近地点高度262km、遠地点高度28万6000km、軌道傾斜角30.6度、軌道周期は6.7日でした。

どんな衛星か

「ひてん」の外観を上の写真に示します。直径1.4m、高さ0.79mの円筒型の本体(母機)の上に、対面寸法0.4mの26面体形状をした月オービター(LO)が搭載されています。月周回軌道投入のための減速用のキックモータ(KM-L)は、衛星上面にアルミ合金製の月オービター接手を介して取り付けられています。重量は、本体がヒドラジン燃料を含めて約182kg、月オービターはキックモータを含めて約11kgです。

太陽電池は衛星周囲のサブストレート上に5978枚が貼り付けられており、衛星本体で110W、月オービターは10Wの電力を発生します。衛星の姿勢制御はスピン安定化方式(20rpm)で、ミッションの主要目的である二重月スウィングバイ軌道を達成するためには、極めて精密な軌道制御能力が要求されます。

姿勢センサとしては、太陽センサ、スタースキャナー、地球センサおよび加速度計で、制御系のアクチュエータは、ガスジェット装置とニューテーションダンパです。通信系は今後予想される高速、超遠距離通信への要求に対応するため、これまでのUHF帯をやめ、従来からのSバンドに加えてダウンリンク回線にXバンドを使用し、この回線が成り立つようにS、Xバンド送信機ともに送信電力の切換え機能を持たせています。

肝を冷やした打上げ時のアンテナ追尾

軌道に乗った「ひてん」は正常で、内之浦の非可視中には衛星に組み込まれたプログラムによってスピンダウン制御と太陽捕捉制御が行われ、1月25日、内之浦の第1可視でその制御が正常に行われたことが確認されました。スピン数は25rpm、スピン軸の太陽方向に対する角度は89.0度でした。その後の準備的オペレーションはすべて順調で、3月19日の第1回月スウィングバイに向けて、1月25日から軌道修正が開始されました。

この打上げ時には、新設されて間もない直径20mのパラボラアンテナが使用されました。そのため事前の入念な打ち合わせを経て、打上げに臨みました。打上げ直後は正常に追尾しましたが、第2段点火と同時にその炎による電波減衰のためロックオフし、衛星を見失いました。オペレータの懸命の再捕捉オペレーションにもかかわらず捕捉できず、微弱な電波はキャッチしていましたが、衛星状態が確認できず消感してしまいました。

その後、NASAの受信局で衛星からの電波を受信し正常であることが確認され、安堵しました。追跡中に、衛星の状況やアンテナ追尾状況を管制室から指令電話を介して聞かれ、返答に戸惑いました。ロケット実験主任の松尾弘毅先生は「あの時は命が縮まったよ」とおっしゃっていましたが、私も肝を冷やしたことが思い出されます。この追尾失敗は新設20mアンテナの実衛星による追尾練習不足など原因はいろいろありますが、その後打ち上げられた衛星ではこの経験が生かされ、ほぼ完ぺきな追尾がなされるようになりました。

(井上 浩三郎)

「ひてん」の状況を画面でチェックする衛星班の面々(中央手前は上杉先生)