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ISASコラム

1人目:宇宙の有名人とその配偶者〜「はくちょう座X-1」とHDE226868

(ISASニュース 2004年10月 No.283掲載)

 世の中を良くも悪くもあっと言わせた主人公に対し,その隣人たちは「まさかあの目立たない人が……!」と言うことが多い。

 HDE226868というコードネームを持つ星も,まさに同様の例であろう。ちなみにHDはヘンリー・ドレーパーという天文学者の頭文字で,彼やその後継者たちは19世紀後半から20世紀前半にかけ,22万5000個もの星をスペクトルや等級で分類し,膨大なカタログを作った。HDの後にEがついているのは,その補遺を意味する。


図1 幾十万の仲間と比べても,何の変哲もなかったはずの9等星,HDE226868。
図の中心に輝く2つの星のうち,下の明るい方。(NASA Skyviewページより)

 HDE226868星は,1960年代の末までは全天で十数万個もある9等星の中の1つにすぎず,学術論文にも,映画のエキストラのような役回りで数回しか登場しなかった。それが1970年代の半ばには,一躍渦中の人となった。なぜかというと,この平凡な星には,とてつもないトップスターの配偶者がいることが発覚したからである。そう,宇宙で最も確実にブラックホールであるといわれているX線星,「はくちょう座X-1」である。

 このX線星は,宇宙X線が発見された1962年の直後から,業界ではちょっとは知られた存在だった。宇宙研の元所長である故・小田稔博士は1971年,その強度が1秒足らずで変動することを見抜き,これはただ者ではないと直観されたという。博士らは「すだれコリメータ」でそのX線の位置を正確に決め,電波や光の天文学者と協力して世界的な追跡を行った。その結果,このX線星はHDE226868星とカップルを組み,5.6日の周期で互いに相手の周囲を回っていることが,スクープされたのである。

 カップルであることが発覚すると,互いの力関係やら体重やら,いろいろ計算できてしまう。HDE星は,太陽より30倍も重い巨漢なのだが,その光スペクトルのドップラー効果を用いると,相手にキリキリ振り回されていることが分かる。つまりX線星も,太陽の10倍は下らない大質量を持ち,しかも光は出さずX線を出す。どう考えても,これはブラックホール以外には考えられない。

 太陽の30倍の巨星と,10倍のブラックホールが,ほとんど密着状態で互いの周囲を回るさまを,想像していただきたい。HDE星は盛んにガスを吹き出している。その一部は,ブラックホールの重力に捕獲され,強烈なX線を出しつつ,そこにのみ込まれてゆく。つまりHDE星は相手にどんどん貢いでいるわけだが,そのおかげなくしては,「はくちょう座X-1」はまばゆくX線で輝くことはできず,ひのき舞台に登ることはおろか,その存在さえ知られなかったろう。トップスターを陰で支える凡人の配偶者,なかなか渋い存在ではないか。

(まきしま・かずお)


図2 HDE226868星からブラックホール「はくちょう座X-1」へガスが流れ込む様子の想像図。
(Illustration by Martin Kornmesser, ESA/ECF)