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ISASコラム

第7回
インドの大気球実験事情

(ISASニュース 2003年4月 No.265掲載)

4年前からインド・タタ基礎科学研究所の研究者と共同で宇宙遠赤外線観測を行ってきたので、インドの大気球実験について紹介する。基地はインド亜大陸の南部、デカン高原のほぼ真中、インド第6の大都市ハイデラバードの近郊にあり、タタ基礎科学研究所によって1969年にほぼ現在に近い形に建設された。当時は世界的に見ても先進的な施設だったと思われる。その後インド宇宙機関(ISRO)のサポートを受けて送受信設備を更新したりしながら現在にいたっている。大型気球を年平均約4、5機打ち上げている。

基地は海抜約500mの平坦な高原にあり、直径300m以上の打上専用フィールドを備えている。打上方式はこの広いフィールドを生かした「ダイナミック・ローンチ」で、専用のローンチャ(打上げ台車)がある。打上可能なペイロードの最大重量は約1,000kgである。

この基地の一角に長さ150m以上の「気球製造工場」があり、現在ではすべての気球を自前で製造している。フィルムもインド製、ロードテープも自前で製造している。これで信頼性が低いかといえば、2002年まで数十回で一度もインド製気球のトラブルは無かったらしい。なおヘリウムではなく水素ガスを用いており、その安全管理には大変気を使っている。

2002年、送受信設備を更新した結果、テレメトリは2GHz帯を用いて2Mbpsまでデータ送信できるようになった。コマンドも近々130MHz帯から2GHz帯に変更するらしい。飛行可能範囲は東西にそれぞれ約400km(差し渡し800km)、南北の幅300kmの横長の飛行領域が設定されている。

たいへん羨ましいことの一つが、それぞれのグループが専用のペイロード準備室を持っていることである。特に口径1mの望遠鏡を持つ赤外線グループは高さ5mのペイロードを天井から吊って姿勢制御試験をしたり、扉を大きく開けて夜空の模擬観測をしたりできる「ハイベイ」と呼ばれる準備室を備えている。硬・軟の両エックス線グループもそれぞれ専用の準備室を持っており、普段ペイロードは置きっぱなしで、フライト前にムンバイ(ボンベイ)からチームがやってきて準備するシステムである。

気球の打上には、上層風と地上気象の両方良い必要がある。上層風については日本などの中緯度帯とは違い、11、12月と2、3月が良い。しかもこの期間はインドでは冬にあたり、地上気象も安定している。晴れの日が毎日続き夜になると風が収まるのでほぼ毎晩打ち上げられそうな気象である。

このように(失礼ながら)意外にきちんとした体制、施設を備えているインドの気球観測事業だが、問題があるとすれば、60人ほどの現場職員一人一人に、世界と競争して切磋琢磨し向上する意識を如何にして持たせるかであろう。その意味でわれわれの訪問、長期滞在は現場職員の意識を高めるのに寄与しているに違いない。インドは経済的にも急速に発展しており、毎年町並みが大きく変わっているのに驚かされる。科学研究の面でも今後の飛躍が期待される。

「因縁」とは不思議なものである。私は今、名古屋大学で故早川幸男教授が使っていた居室を使っている。インドとの共同気球観測は30年ほど前にとても盛んだったが、当時は早川幸男教授をはじめとする名大・宇宙研混成のX線天文学のグループが「カニ星雲」が月に隠される「掩蔽」を観測するために何度も訪れたそうで、インド研究者から当時の話を懐かしそうに聞かされる。早川先生は本当は禁煙だったカフェテリアや食堂でいつもパイプをくゆらせて宇宙物理学の議論(講義?)を日印の若手研究者と交わしていたそうで、その薫陶を受けた研究者がインドでは(日本でも)X線天文学のリーダーとなっている。我々がたいへん友好的に共同研究ができるのも優れた先人たちのお蔭である。

打上直前の赤外線望遠鏡(右手前)。左奥が気球本体。

(芝井 広)