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ISASコラム

第15回:電波による金星観測

(ISASニュース 2011年8月 No.365掲載)

太陽コロナ観測?

 今年6月、地球から見て太陽の向こう側を通過する金星探査機「あかつき」から地球に向けて電波を送信し、太陽から吹き出す高温のガス「太陽風」の根元に当たる「太陽コロナ」を調べました。電波は、太陽のすぐそばを通るときにコロナによって乱されます。その電波を地上で受信することで、コロナの密度のゆらぎや流速などが分かるのです。このような観測を電波掩蔽(えんぺい)といいます。太陽の電波掩蔽は探査機がちょうど太陽の反対側を通るときしかできないので、宇宙科学の歴史の中でも貴重な機会です。太陽観測衛星「ひので」との同時観測も行い、目下データ解析中です。しかし、「あかつき」の電波掩蔽は本来、金星をターゲットとしたものであることを、忘れてはいけません。

曲がる電波

 電波掩蔽は、「あかつき」の隠れた主役とでもいうべき観測法です。「あかつき」の華は5台のカメラですが、これらの画像データを分析する上で電波掩蔽による気温情報を欠かすことはできません。電波掩蔽では、普段は探査機と地上局の間の通信に用いる電波を観測に利用します。地上局から見て探査機が金星の背後に隠れるときと背後から出てくるとき、探査機から送信される電波は金星大気をかすめるように通過して地上局に届きます(図1)。このとき電波が金星大気中で屈折する結果として、受信周波数が変化します。この周波数変化を分析すると屈折率の高度分布が求まり、そこから気温の高度分布が分かるのです。受信電波強度の変化からは、金星を覆い尽くす硫酸の雲の下にある硫酸蒸気の分布も分かります。

図1 「あかつき」による金星大気の電波掩蔽観測のイメージ


 金星大気中の電波の屈折は数十度にも達します。そのため観測時には、「あかつき」は高利得アンテナを真っすぐ地球方向に向けるのではなく、屈折角の分だけ向きを変える必要があります。地球から見て「あかつき」が金星の向こうに隠れているときも、電波は屈折して地球で受信され続けるはずです。金星大気を通過した電波は長野県にある臼田宇宙空間観測所で受信されます(図2)。観測装置そのものは地上にあるので、惑星探査というよりも天体観測の趣があります。

図2 太陽コロナ観測中の臼田宇宙空間観測所のパラボラアンテナ


超高安定発振器

 電波掩蔽は惑星探査の黎明期からたびたび実施されてきましたが、今回は気象現象に伴う1℃以下の気温のゆらぎを捉える必要があり、容易に達成できない精度が求められます。わずかな周波数変化を検出するために、基準周波数に対する周波数ゆらぎの割合が1億分の1のさらに1万分の1以下という高い安定度の信号を送信する必要があります。そこで、「あかつき」には超高安定発振器(USO:Ultra-stable oscillator)を搭載し、送信機の基準信号源を通常の発振器からこちらに切り替えて観測を行います。USOの中心部には周囲から断熱された水晶振動子があり、その温度を高い精度で安定化することによって周波数を安定化させます。「あかつき」は欧州のミッションで実績のあるドイツのメーカーが開発したUSOを搭載しています。ちなみに前述の太陽コロナ観測でもUSOを使いました。

打上げ、そして

 2010年5月に「あかつき」が打ち上げられて1週間後、祈る気持ちでUSOをオンにして、まずは正常に立ち上がることにほっとしました。続いてUSOを基準信号とする電波を臼田宇宙空間観測所で受信して周波数安定度を評価し、きちんと性能が出ていることを確認。さらに、すでに金星周回軌道にある欧州の探査機Venus Expressの電波を臼田宇宙空間観測所で3回にわたって受信して、我々の記録装置とデータ解析ソフトウェアの動作を検証しました。こうして準備万端、あとは金星到着を待つだけと思っていたら、金星の横を素通りしてしまいました。  2015年に予定される次の金星会合まで観測はお預けかと思いましたが、「あかつき」の軌道を調べたところ、太陽コロナ観測の絶好の機会が2011年6月にあることが分かりました。そうとなれば、せっかくのUSOを活躍させない手はありません。この後の長い巡航期間中にも機会を見つけては科学観測を行い、金星到着を前に小手調べとしましょう。

(いまむら・たけし)