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ISASコラム

第14回:雷・大気光カメラ(LAC)で金星雷の有無に決着をつける

(ISASニュース 2011年6月 No.363掲載)

 雷放電研究は、地球の大気科学研究においても、決してメジャーとはいえない分野です。積乱雲は近年"ゲリラ豪雨"というセンセーショナルな命名も手伝ってか、多くの人の興味の対象となりつつありますが、その中で起こる雷放電や大気電流に関しては、必ずしも研究の重要性が広く認識されているわけではありません。それにもかかわらず、金星の気象観測衛星とも呼べる「あかつき」には、雷放電発光を観測することを目的の一つとしたセンサー、雷・大気光カメラ(Lightning and Airglow Camera:LAC)が搭載されているのはなぜでしょうか?

30年にも及ぶ金星雷論争

 金星に雷放電があるかないかについては、実は30年にも及ぶ大論争が繰り広げられています。雷があるかないかなんて、もし人がその場にいて発光を見たり音を聞いたりすることができたら簡単に分かりそうですよね。ところが、探査機に積んだ観測機器のデータから判断するのは、意外に難問なのです。

 例えば、カメラや測光機などの光学観測器が短時間のパルス状発光を記録したとします。しかし、それを直ちに雷発光と断定することはできないのです。観測機器には、近傍の環境で発生した放電や、放射線、電気回路内で発生した何らかの電気的なノイズが入り込む可能性がゼロではなく、たとえデータにパルスが見られても、それが雷から来たモノである確証は得にくいのです。

 また、雷放電観測には電波もよく用いられます。雷雲が近づいたとき、カーラジオを付けているとパチパチとかザザーといったノイズが混ざることがあります。あれは雷から放射された電波を拾っているのです。金星でも雷放電に起因する電波を捉えたという報告があります。しかし、雷の否定派は、それらは宇宙空間のプラズマの不安定性が原因で生じたもので、雷放電とは無関係だと主張しています。同じデータを見てもまったく逆の結論に至ることがあるのです。そうかと思えば、著名な一人の研究者が、違う探査機のデータに基づき、雷がありそうだという論文と否定的な論文を、『Science』と『Nature』に別々に書いていたりします。本人に確かめたことがありますが、正直分からないということでした。彼にとっても謎の解明はライフワークなのです。

 図1にアリゾナ大学が地上望遠鏡で捉えたとする金星の雷放電発光データを示します。比較的しっかりした観測だと思いますが、いかんせん地上からの観測なので、地球の雷放電の平均の100倍という、ものすごく大きな放電しか検出できないのが弱点です。そのためか発生頻度が極端に低く、その後の検証にも成功していません。


図1 アリゾナ大学の1.5m地上望遠鏡で捉えられた金星の雷放電発光とされる画像(左)と、4時間弱の間に発光が検出された場所の分布(右)。Hansell et al.(1995)より。


 さらに理論的な面でも、金星に雷放電をつくるのは簡単ではなさそうです。地球の雷放電のメカニズムも完全に理解されたわけではありませんが、"地球人的"常識では、固相の水(氷晶、あられ)と激しい上昇気流の存在が必要条件と考えられており、金星ではその両方が未確認です。しかし、地球とはまったく異なるメカニズムで電気が発生しているという説も提案されています。この長年のミステリーを解いてみたいというのが、私たちが「あかつき」にLACを搭載した大きな動機の一つです。

「あかつき」の作戦

 では、どのようにすれば雷放電が起きている証拠をつかむことができるでしょうか。決め手は、放電発光を高速で計測することだと考えました。地球の例を見ても、1回の放電(ストローク)は1ミリ秒以下という短時間ですが、その間にも電流は鋭く上昇し、ややゆっくり減少していきます。その様子は、明らかにノイズのパルスとは異なります。LACはカメラという名前が付いていますが、検出器は8×8画素しかなく、空間解像度はとても低いものです。しかし、データサンプル速度は各画素1秒間に3万回に達し、短時間の雷放電発光でも、その明るさの変化を捉えることが可能になっています。しかし、これほど高速で記録し続けるとデータ量は膨大になってしまいます。そこでLACは、自動で発光を検出し、発光している時間のデータだけを記録します。相手は未知の発光現象なのでどんな時間変動をするか予測できませんが、地球での観測経験をもとにあらゆるケースを想定したロジックが搭載されています。

 こうした高度な瞬間発光の検出機能を持ち、惑星の夜面を一度に観測する衛星は、金星のみならず、地球を周回するものにも例がありません。「あかつき」は、惑星夜面全体の雷放電発光を監視する、太陽系で初めての衛星なのです。


(たかはし・ゆきひろ)