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ISASコラム

第12回:中間赤外カメラ(LIR)が映し出す金星の雲頂温度分布

(ISASニュース 2011年4月 No.361掲載)

 2010年5月21日午後6時過ぎ、相模原へ向かって国道16号線八王子バイパスを南下中の私の携帯電話が鳴った。「あかつき」運用室にいる大学院生からだった。「先生、何してるんですか? LIRの画像、もう下りてきていますよ」

さらば、地球よ

 同日朝、「あかつき」は打ち上げられ、軌道修正がまったく不要なほど順調に、予定の軌道を地球から遠ざかりつつあった。「あかつき」は地球を振り返り、見送る私たちに別れを告げるため、搭載するカメラで地球撮像を行った。その画像データが同日の夕方にダウンリンクされたが、ファーストライト画像を目にした関係者の歓声が上がる場面に私は間に合わなかった。

 LIRは波長10μm付近の赤外線を使ったカメラです。人間の目で見える光(可視光線)の波長は0.5μm付近なので、赤外線は、その20倍も長い波長の光です。すべての物体は、その温度に応じた波長の光を発しています。およそ5500℃の太陽は可視光線を中心とする光を出しています。私たちの体温くらいの温度の物体は、波長10μm付近の赤外線を出しています。惑星も赤外線を発しています。図1はLIRが送ってきた、赤外線で見た地球の姿です。比較のために静止気象衛星から撮られた地球赤外画像も並べてあります。赤外線の強弱は、それを発している場所の温度の高低を表しています。熱帯域に現れる背の高い雲や南極域は温度が低く、撮像時にはすでに夜になっていたオーストラリア大陸より周辺の海洋の方が温度が高いことが分かります。この地球画像からLIRは設計通りの性能を発揮していることが分かり、ひとまずほっとしました。


図1 LIRが25万kmの距離から撮像した地球赤外画像(左)
温度が高い場所ほど白く、海岸線を黄色で示してある。「あかつき」は赤道よりやや南から地球を見ていた。右は、ほぼ同時刻に赤道上空の静止気象衛星によって撮像された地球赤外画像。LIR画像に合わせて解像度を落としてある。


 「あかつき」は予定の軌道をたどり順調に金星に近づき、2010年12月7日、運命の金星周回軌道投入の時を迎えました。そのとき何が起こったのか、いまだにはっきりと分かっていませんが、我々が「あかつき」の状態をつかんだときには、すでに「あかつき」は金星重力圏から遠ざかりつつありました。ぐずぐずしている暇はありません。「あかつき」は金星との再会を期して、撮像を試みました。1回目は金星が視野を外れて失敗。12月9日の2回目は成功。「あかつき」搭載カメラの視野は、本来の金星周回軌道上から金星像がほどよく収まるように設計されています。そのとき「あかつき」は地球撮像のときよりさらに遠い、金星から60万kmも離れた位置にありました。まるで標準レンズで運動会の我が子を撮るようなものでしたが、拡大された画像には、まさに夢にまで見た真ん丸の金星赤外画像が写っていました(図2)。翌10日にも撮像を行いました。これらのほかに我々が手にした金星赤外画像は、9日に得られた32枚積算画像だけです。

図2 金星の輝度温度分布
2010年12月9日00時40分(左)と10日02時00分(右)(いずれも世界標準時)にLIRによって撮られた金星赤外画像から求められた輝度温度分布。


初めて見る金星の姿

 これらは人類が初めて目にする、惑星探査機から撮像された金星半球の熱赤外画像です。過去に、地上望遠鏡を使った金星赤外観測例はありますが、地球大気の透過率が100%ではないため、これほど鮮明な画像は得られません。一見して目に付く特徴的な温度構造は、極域の低温とディスク中心から周辺へ向かう温度低下傾向です。後者は周辺へ向かうほど金星大気を見通す距離が長くなることによる効果です。また、北半球の極を取り巻く低温領域が見えています。これは過去の探査機によって発見された、ポーラーカラーと呼ばれる金星大気に特徴的な温度分布だと思われます。さらに少し離して目を細めると見えてくる、北半球中緯度の帯状低温域とさらに小さいスケール(数百km)の温度構造があります。これらは雲の高さ分布を反映していると考えられます。我々が得たのはほんのわずかな画像データですが、今後の詳しい解析で金星の雲頂付近の新たな知見が得られると期待しています。それ故に、なおさら周回軌道投入の失敗が残念でなりません。

 この原稿を書いている現在、東日本大震災から1週間がたちました。徐々に明らかになってくる未曽有の被害状況、地震・津波に起因する重篤な原発事故で、東日本は大変な状況に陥っています。「あかつき」には、打上げ前から現在までたくさんの人から温かい応援を頂いています。私たちは震災に遭われた人たちに何ができるだろうかと考えざるを得ません。今はただ、一刻も早い被災者救助と支援、そして放射線の封じ込めの成功を願うばかりです。

(たぐち・まこと)