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ISASコラム

第8回:アツイ奴です推進系

(ISASニュース 2010年11月 No.356掲載)

 「あかつき」には、軌道や姿勢を制御するために使用する小型のロケットエンジンなどで構成される、推進系と呼ばれるシステムが、大きく分けて2種類搭載されています。

 主に姿勢を制御する推進系として、比較的推力が小さい1液式スラスタを搭載しています。これは、燃料であるヒドラジンを触媒で分解して発生させた高温のガスを噴き出す力を利用したものです。構成がシンプルなので多くの衛星で利用されています。このシステムをRCS(Reaction Control System)といい、衛星がひっくり返らないように頑張っています。

 もう一つ、金星軌道投入時など短時間で大きな軌道変換を行う場合に使用される、2液式スラスタといわれる高推力のスラスタ(OME:Orbit Maneuvering Engine)が搭載されています。これは、燃料であるヒドラジンと酸化剤である四酸化二窒素をヘリウムガスで勢いよく燃焼器に押し出し、混合して2000℃にも達する高温の燃焼ガスを発生させるもので、「あかつき」には500N級のOMEが搭載されています。

 これらのスラスタを搭載するとなると、使用する燃料・酸化剤・加圧ガス、およびそれらを搭載するタンクや配管類、さらに噴射を制御する弁などでかなり大きな質量になってしまい、「あかつき」の質量のおよそ半分を占めています。

 そのため、推進系には軽量かつ高性能化することが求められており、特に燃費を示す比推力を高くする要求があります。比推力はスラスタの燃焼性能を表す値であり、向上させるためには燃焼温度を高温にして排気速度を増加させることが有効です。これまでの2液式スラスタでは、耐熱合金を使って温度の問題をクリアしていました。しかし、耐熱合金は酸化に弱いため、耐酸化コーティングをしていました。このコーティングがデリケートで、スラスタの寿命を左右していました。また、この技術は海外からの輸入であり、キー技術に関してはブラックボックスでした。

 そこで、酸化剤への耐性があり、かつ耐熱温度も高い、日本のお家芸であるセラミックス系材料に注目しました。特に高温での比強度が高い窒化ケイ素系モノリシックセラミックスを選定し、それを使用した国産のセラミックスラスタを開発しました。図1に、セラミックスラスタの地上燃焼試験の様子を示します。「あかつき」には、500N級OMEをセラミックスラスタで開発して搭載しています。6月28日に軌道上噴射を行って、世界で初めてのセラミックスラスタ軌道上実証は成功裏に終了しました。


図1 セラミックスラスタの地上燃焼試験


 新規開発のセラミックスラスタをはじめ、「あかつき」の推進系を開発するのは困難なことでしたが、推進系にはそれと双璧をなす作業があります。それは、スラスタに使用されるヒドラジンや四酸化二窒素の液体推進薬、そして高圧ヘリウムガスを充填する推進薬充填作業です。高圧ガスを充填するのも大変危険な作業なのですが、液体推進薬はどちらも毒性を持っており、高圧ガスにも増して細心の注意ならびに防護策を施しての充填作業になります。推進薬充填作業の様子を図2に示します。気密されたスケープスーツを着用して、黄色いホースで外部から新鮮な空気を供給していて、万が一推進薬が漏洩しても作業者が危険な状態にならないようにしての作業になります。十分な安全対策をしている一方で、身動きが取りにくく困難な作業環境です。この推進薬充填作業を問題なく終えて打上げ準備作業は完了しました。

図2 推進薬充填作業


 H-IIAロケット17号機で地球から金星に向けて背中を強く押された「あかつき」は、12月初旬に金星に到着します。推進系は、推進薬充填作業で「あかつき」の衛星準備作業のシメを担いました。さらに金星軌道投入という、金星に送り届ける役目の工学分野から、金星を調べる観測分野へバトンを渡す最後のイベントも担います。金星軌道投入時に燃料と酸化剤をアツく噴き出して、アツい気持ちと一緒に観測分野へ引き継ぎたいと思います。有終の美を飾るOME噴射を成功させるためにも、間近に迫った軌道投入に全力を尽くします。

(なかつか・じゅんいち)

※注「あかつき」の金星周回軌道投入の前に書かれた記事です。