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金星探査機「あかつき」の挑戦
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第2回:金星の風に訊け
(ISASニュース 2010年5月 No.350掲載)
薄明の空に息づく金星の清澄な美しさは、全天一だろう。この輝きの中にどれほど過酷な世界が広がっているか、想像することは難しい。
高度60kmに白く輝く硫酸の雲。その下には90気圧(水深900mに相当)の濃い二酸化炭素の大気。薄暗い地表は、温室効果のために460℃という灼熱の世界となっている。かつて地球と同じように海を擁したかもしれないが、今は乾燥した火山地形が広がる。
「あかつき」は何を求めて、こんな世界に行くのだろう。生命体はいそうにない。人類が降り立つことも考えられない。「あかつき」が掲げるのは惑星気象学である。
金星は、地球の気象を見慣れた我々を当惑させる。その最たるものは金星全体を取り巻く暴風、スーパーローテーションである。金星の自転は地球とは逆方向、つまり東から西で、その速度が赤道で時速6kmであるのに対して、雲は時速360kmで東から西へと流れる。地球気象学の常識では、偏西風や貿易風といった大規模な風には惑星の自転がかかわっており、これを超える風が広範囲で吹くことは考えにくい。実際、地球の偏西風の速さは自転速度のせいぜい1割である。
スーパーローテーションの仕組みは分かっていない。長年有力視されてきた(しかし懐疑論もある)アイデアとして、まず中緯度に偏西風がつくられて、そこからある種の波が生じて赤道域の大気に力を伝え、赤道域も含めた大気全体の高速循環に至るというものがある。確かに、ある理想的な条件ではそのような流体現象が生じ得ることが分かっている。しかし、それが現実の大気で確かめられたことはない。地球では、偏西風から生じる波は上の期待とは逆方向に力を伝え、中緯度にジェット気流をつくるとともに赤道域の大気を減速させる。
金星の赤道域を東から西へと巡回する1万kmスケールの雲の暗部も不思議である。これはおそらく、東西1周にまたがる巨大な波である。このような巨大な波を引き起こす源は、やはり巨大であろう――例えば地球では、熱帯地方の数千kmスケールの積雲対流群の盛衰が、このような赤道域の波をつくり出すと考えられている。しかし金星でそのようなものは知られていない。
金星の硫酸の雲の中でも雷が起こっているらしいという報告がある。地球の気象学では、積乱雲の中でひょうやあられがつくられて重力落下することが、雷発生のために必要ということになっている。しかしそのようなことは、暖かく乾燥した金星大気ではおよそ起こりそうにない。
硫酸の雲の下の気温の、高度による変化率は、地表で暖められた空気が浮力で上昇するときに生じる値に極めて近い。これを見て、浮力による上下流、つまり対流によって空気がかき混ぜられていると考えるのは定石である。しかしよく見ると、大気はほんのわずかに安定、すなわち上に軽い空気、下に重い空気があり、対流説は棄却される。金星の基本的な温度分布を、私たちはまだうまく説明できない。
惑星の環境がなぜかくも多様なのか、地球環境がどのようにつくられたのかを理解するために、私たちは惑星気象学という、あらゆる大気現象を説明できる普遍的な視点を獲得する必要がある。そのためのたくさんのヒントを、金星の風は与えてくれているように思える。
「あかつき」は金星のまわりを回る、世界初の金星版の気象衛星である。雲の下までを見通す赤外線カメラなど5台の気象観測カメラと電波を使って、大気の3次元運動を描き出す。雲の動画から未知の気象現象を拾い出し、風速の分布や微量ガスの時々刻々の変化を分析する。これらのデータから、スーパーローテーションなどの大規模な風がなぜ生じるのか、雲はどのようにつくられるのか、雷は本当にあるのかといった問題に挑む。
「あかつき」にはまた、打上げから金星到着までの間に行う惑星間塵の観測や、赤外線による金星地表面の調査といった任務もある。
ミッション提案以来、世界を10年待たせた。いよいよ大興奮の日々が始まる。
地球と金星の大気循環のイメージ
ずらりと並んだ気象観測カメラ
(いまむら・たけし)
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