空力シリ−ズ 第3回
空力加熱から機体を守る
山田哲哉
空力シリーズ第3回目,今回は再突入飛行中の空力加熱から機体を守りましょうという観点から,熱防御,耐熱材料の話をしたいと思います。第2回では,宇宙から地球に帰還する再突入飛翔体は過酷な空力加熱に曝され,空気の温度は1万度にもなるということが記されていました。機体の内部には,搭載機器の他,小惑星から持って帰ってきた砂があったり,無重力空間で精製した特別な薬品が入ってたりするわけなので,これらの温度が所定値より高くならないように空力加熱から保護すること,つまり熱防御が必要になります。熱防御には幾つか方法があり,それによって使われる耐熱材料も異なります。
スペースシャトルの耐熱タイルなどにみられる輻射冷却法は,材料が加熱されて高温になると,自ら熱を外に向かって輻射するようになることを利用します。輻射熱量は温度が高くなればなるほど(温度の4乗に比例して)多くなり,入って来る空力加熱量と,輻射放熱量が同じになったところで平衡温度になります。後はこの耐熱材自体からの熱伝導が内部に伝わるのですが,ホットストラクチャーと呼ばれる,熱を伝え難い構造を間に挟み込むことで,この内部侵入を防ぎます。この輻射冷却法ですと耐熱材料も再使用できてよいのですが,「平衡温度が材料の溶ける限界以下までの空力加熱までしか対応できない」ということになります。耐熱タイルによる輻射冷却熱防御も,スペースシャトルのように翼を使って再突入する,比較的軽度な空力加熱環境が限度のようです。
MUSES-C再突入カプセルなどの場合のように,シャトルの数十倍も厳しい空力加熱環境に耐えるにはアブレーション熱防御法があり,これにはアブレータと呼ばれる耐熱材料が使われます。例えば同カプセルの15MW/m2の空力加熱というと,ざっと平衡温度4000K位まで耐えれば先の輻射冷却が成り立ちそうですが,そうなると内部への伝導熱も無視できず,実際そんな高温まで耐える材料はありません。むしろアブレータは全く逆の発想で,軟弱に焼けて溶けて「熱には耐えていない」のです。アブレータは,もともと炭素繊維,ガラス繊維などに樹脂を含侵させた繊維強化型プラスティックですから,300℃を越えれば熱分解を始めます。熱分解する際に母材から反応熱を奪います。実は質量あたりの反応吸収熱は馬鹿にならないくらい大きいのです。アブレータ最表面は熱分解し尽くして炭になっていますが,すこし内側の熱分解層から発生したガスは,アブレータ自体から吸熱しつつ進み,表面に噴出します。そして表面近傍に漂い,1万度にもなる空気と耐熱材料の間の「ふとん」のような役割をして,空力加熱を遮断するのです。さらに良いことに,アブレータは樹脂ですから,熱伝導率が金属やタイルに比べて非常に小さく,別段特別な構造を設けずとも表面の高温を内部に伝え難いという利点も持っています。かくして,アブレータは,溶けて無くなっていきます。まさに身を粉にして内部を守っているといえるのです。地上に降りるまで無くならなければ役目を十分果たしたことになります。「丸裸にならない」,「内部が火傷しない」ように,しっかり計算して予め十分な厚さのアブレータを機体にあてがってやることが大切です。海外ではアポロ回収部や,ガリレオ木星探査プローブなどの実績がありますが,バスとして使うアブレータは,日本では2000年打上げのDASHミッションが初めてとなり,ここで今までの研究開発の真価が試されることになります。