1.4 構造系の開発
1.4.3 モータケースの開発
強い材料とは何だろうか。ガラスや瀬戸物は硬いが強いとはいわない,落とせば簡単に割れるからだ。それでは「強さ」はこの「硬さ」とは無縁かというとそうでもない,強さと硬さは原理的には比例している。ガラスが割れるのは「弱い」からではなく「脆い」からである。脆さとは,きずとか欠陥がある場合の割れ易さのことであり,きずや欠陥さえなければガラスは鉄よりも強いはずである。
通常,硬さと脆さの関係は図のようになる(ただし ここでは脆さの反対の概念の「靭さ」を用いた)。すなわち硬くなると脆くなる,つまり割れ易くなる。これは材料の宿命である。そのような宿命を背負った材料を使う場合,きずや欠陥の大きさが同じなら,図中に薄墨線で示したように,硬くなるほど要求される靭さも大きくなる。すなわち薄墨線と交わる点(X,Y)が,硬さの上限と靭さの下限である。Xよりも硬い材料を使うには,
(a)硬さ/靭さの関係を右側にずらす,或いは
(b)薄墨線の傾きを下げることが必要になる。
前者を実現するには,材料の成分を変えるとか不純物を減らす,あるいは熱処理を工夫する等によって,材料そのものの性質を変えなければならない。一方後者は,きずや欠陥を小さくすること,つまりきずや欠陥の検出能力を高めることが必要になる。M-3Sに使ったHT-210(断面積が1mm2のワイヤーで210Lの重りをつり下げることができる鋼)は前者の例であり,ボロ ンという微量添加元素を隠し味にした逸品である。
HT-210を使ったときの経験から,靭さ(いい換えれ ばきずや欠陥の検出能力)にはかなり余裕があると踏んで,M-Vではさらに(b)を実行しようとHT-230に挑んだが,ここに落とし穴が潜んでいた。まずケースの図体が大きくなったため,きずや欠陥の検査が難しくなり,さらに210から230へと材料全体の味が濃くなったため隠し味が薄くなるという,厄介な問題にぶつかった。「230は欲張りすぎたか」と思い始めた矢先, 遅れ破壊という,あら手の脆さも顔を覗かせたため,230よりは若干薄味の230M( modifiedの意味,実際は220〜225 )まで後退することにした。
「これでいける」とひそかに感じたのは,地燃後のM-24モータケースの水圧破壊試験のときである。ケースは壊れずノズル穴の蓋をとめるボルトが切れ,離れたところで見ていた筆者も水をかぶったまさにその時,そう思った。
首筋を丹念に洗って2月12日に臨んだ。歓声のなか「おめでとう,君達の作ったロケットが飛んでいった」といって右手を差し出した秋葉先生の目に光るものを見た時,こみ上げてくるものは,すべての言葉とともにそれまでつかえていたものを一気に押し流した。
(栗林一彦)