No.302
2006.5

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2006.5 No.302 


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ジオスペース最高エネルギー粒子誕生の謎を追う 
              放射線帯の研究

名古屋大学太陽地球環境研究所 三 好 由 純 

 地球周辺の宇宙空間は、何もないように見えても、希薄な、しかしエネルギーの高いプラズマ粒子(イオンや電子)が、地球の磁場の中で飛び回っています。このプラズマや磁場に関して、地球からの影響が、そして逆に地球への影響が強く及ぶような宇宙空間を「ジオスペース」と呼びます。このジオスペースの中の、スペースシャトルが飛ぶような高度から気象衛星「ひまわり」がいる静止軌道の間の空間は「内部磁気圏」と呼ばれ、そこには「放射線帯」が存在します。放射線帯は、数百keV(キロ電子ボルト)から数十MeV(メガ電子ボルト)のエネルギーを持つイオン、電子から構成され、ジオスペースで一番エネルギーの高い粒子が集まっています。

図1 (左)放射線帯電子の模式図。
   (右)「あけぼの」衛星によって観測された2500keV以上の電子の空間分布。
      色で粒子のフラックスを示しています。

 図1に、放射線帯電子の空間構造の模式図(左)と日本の「あけぼの」衛星による2500keV以上の電子の観測結果(右)を示します。電子の放射線帯は、「内帯」と「外帯」という地球を取り囲む二つのベルト状の分布と、その間に「スロット」と呼ばれる間隙を持っています。一方、図には示していませんが、イオンの放射線帯はこのような二重構造ではなく、単一のベルト状になっています。


放射線帯の発見

 放射線帯は、1958年にアメリカのExplorer衛星によって発見されました。発見したバン・アレン教授の名前をとって、放射線帯のことを「バン・アレン帯」と呼ぶこともあります。その後、1960〜70年代にかけて放射線帯の観測および理論的な探究が精力的に進められ、平衡状態における放射線帯の空間構造について、定量的に説明することができるようになりました。その後1980年代になると、人工衛星による探査領域が、オーロラ帯の北極・南極域やそれにつながる磁気圏の尾部領域、そして太陽系の惑星へと移ったこともあり、放射線帯の研究は一時下火となりました。


激しく変動する放射線帯

図2 「あけぼの」衛星によって観測された、
   1993年の2500keV以上の放射線帯電子フラックス。横軸にtotal day、
   縦軸に地球半径で規格した地球からの距離を示しています。
   下段は、磁気嵐の強さを表すDst指数。

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 図2の上パネルに、「あけぼの」衛星が観測した2500keV以上の電子の時間変化を示します。横軸は1993年1月から6月までの半年間の期間を示し、縦軸は地球からの距離です。下のパネルは、Dst指数と呼ばれる磁気嵐の指標を示しています。この指数がマイナスに大きく振れると、磁気嵐が発生していることを意味します。磁気嵐が起きると、外帯の電子はいったん消失し、その後ゆっくりと増加し、外帯が再形成されていることが分かります。この再形成の際、電子フラックスは2桁以上も増大することがあります。また、すべての磁気嵐で再形成が起こるわけではなく、消失した後しばらく戻らないような場合があることも分かります。このように、放射線帯の外帯は、磁気嵐によって激しく変化する領域です。

 外帯が磁気嵐とともに大きく変化することは、1960〜70年代の研究でも指摘されていましたが、この現象に再び関心が集まるようになったのは1990年代のことです。その理由の一つは、1990年代に内部磁気圏を探査した米国のCRRES衛星や「あけぼの」衛星によって、放射線帯が激しく変化している様相が「再発見」されたことです。もう一つの理由は、放射線帯の高エネルギー粒子によって引き起こされる人工衛星の故障が、一般社会にとって大きな問題となってきたためです。


宇宙天気研究と放射線帯

 GPS衛星や気象衛星のような宇宙インフラは、現代社会の生活と切り離せないものですが、このような衛星群は、まさに放射線帯の中で運用されています。スペースシャトルなど有人宇宙活動が行われているのも、放射線帯の下端です。エネルギーが高い粒子は人工衛星の動作異常を引き起こしたり、宇宙での人類の長期滞在にとって大きな障害を及ぼしたりします。実際、増大した放射線帯の粒子によって人工衛星に不具合が起こり、テレビ中継が途絶した例も報告されています。人間活動と密接にかかわる太陽地球系科学のことを「宇宙天気研究」と呼びます。人類が宇宙空間で安全に安心して活動していくためにも、放射線帯の研究は、宇宙天気研究において特に重要なものとなっています。


放射線帯再形成のメカニズム
どうやって増えていくのか?

 放射線帯が変動する際、そこでは何が起こっているのでしょうか? 外帯の「消失」と「再形成」は共に重要な課題ですが、ここでは特に「再形成」、すなわち、一度なくなった放射線帯が再び高エネルギー粒子で満たされていく過程に焦点を当ててみたいと思います。「再形成」の鍵となるのは粒子の加速ですが、この加速の問題は宇宙空間物理学の重要な研究課題です。

 磁場中の荷電粒子は、磁場の強度と粒子のエネルギーの比が一定になるような性質があります。従って、太陽から吹き付けてきた太陽風のプラズマは、磁気圏に入ってきて地球に近く磁場が強いところに輸送されると、そのエネルギーは増加します。このような加速を、断熱加速と呼びます。しかし、この太陽風起源のプラズマが断熱的に加速されるよりも、放射線帯の粒子は、はるかに高いエネルギーを持っています。そこで、磁気圏の中のどこかに、断熱的ではない(非断熱)加速機構が存在することが考えられてきました。しかし、そのような非断熱的な加速が、磁気圏の「どこで」「どのように」起こっているのかは、いまだに決着のついていない重要な問題です。過去10年間、「外部供給説」と「内部加速説」と呼ばれる二つのメカニズムをめぐって、理論・観測両面から精力的な研究が行われてきています。


外部供給説

 磁気圏の太陽と反対側(磁気圏尾部)で非断熱的な加速が行われ、その後、磁場が強い地球方向に輸送されるにつれて断熱的に加速されていくと考えるのが、「外部供給説」です。1970年代の古典理論は、このプロセスによって放射線帯の形成を説明していました。また、1990年代後半の研究では、磁気流体波と呼ばれる磁気圏の波動が高エネルギー電子の効率の良い輸送を引き起こすことが可能であることが理論的に指摘され、観測による実証も進められています。

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内部加速説

 放射線帯の内部で非断熱的な加速が行われると考えるのが、「内部加速説」です。この場合、放射線帯粒子よりもエネルギーの低い「種粒子」が、磁気圏内のプラズマ波動とミクロな相互作用をすることによって、より高いエネルギーへと加速され、マクロな放射線帯構造を形作っていきます。この加速プロセスには、波動の特性に影響を与える冷たいプラズマ(数eV)を含めて、6桁以上にもわたる広いエネルギー範囲のプラズマや粒子がかかわってきます。

 従来、「内部加速」は、理論的には可能でも、実際のプラズマ環境や加速の効率を考えた場合、放射線帯を形成するためには不十分であると思われてきました。しかし、1990年代になって、「あけぼの」衛星などによって、このプロセスを引き起こすプラズマ波動や「種粒子」が存在し、背景のプラズマ環境がこの加速過程を促進させる状態になっていることが観測され、「内部加速」が放射線帯粒子の形成に重要な役割を果たしていることが、断片的ながら分かってきました。


赤道面での直接観測の重要性

 「外部供給説」と「内部加速説」。この二つのプロセスのどちらがより効率的に起こっているのかを調べるためには、粒子の位相空間密度(速度分布関数)と呼ばれる量を測る必要があります。放射線帯の外帯が増えていく際に、「外部供給説」では位相空間密度が放射線帯の外側から内側に向かって増えていくことが、一方「内部加速説」では内側から増えていくことが予想されます。位相空間密度を計測するためには、広いエネルギー範囲での放射線帯の粒子の計測、および背景の磁場の計測が必要です。

 実は1990年代初頭のCRRES衛星以降、このような観測能力を持った科学衛星は、磁気圏赤道面には打ち上げられていません。そこで、極軌道衛星の観測データを用いて、位相空間密度を算出する努力が続けられてきました。その結果、「外部供給」を示唆するような位相空間密度のデータが報告される一方、「内部加速」を示すようなデータも数多く報告され、両者の議論は混沌としてきています。また、放射線帯の中でも、地球からの距離や地方時の違い、さらに磁気嵐の違いによっても、二つのプロセスの起こり方が異なっていることも示唆されてきました。しかし、位相空間密度の計測は、磁気圏の赤道面で行わない限りその計測にどうしても不確定性が生じてしまうため、この二つのプロセスについての決定的な理解を得るには至っていません。


第24太陽活動期に向けて
 ――ERG計画――

 これまで述べてきたように、1990年代以降の放射線帯の研究は、磁気圏赤道面での観測がないことによる大きなフラストレーションの中で進められてきました。このような状況を打開するために、2010〜2012年に予想される次の第24太陽活動極大期に向けて、磁気圏赤道面での世界的な放射線帯探査計画が、International Living With a Star(ILWS)という国際共同プログラムの中で立案されています。ここではRBSP衛星(米国)、ORBITALS衛星(カナダ)といった計画が提案されており、これらの複数の衛星によって、放射線帯の中で異なる場所(距離、地方時)を同時にカバーしながら観測していくことが計画されています。そして私たちも、国際的な観測計画の一翼を担う形で、ERG(Energization and Radiation in Geospace)というプロジェクトを現在検討しています。

図3 ERG衛星の想像図(上)とジオスペースの中での探査領域図(下)

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 図3にERG衛星の想像図、および探査領域を示します。ERG衛星は、磁気圏赤道面において、放射線帯粒子の加速に関連するプラズマ粒子、電磁場、波動を同時に、かつ十分に広いエネルギー範囲・周波数帯で観測することで、「外部供給説」と「内部加速説」を切り分け、それぞれのメカニズムの詳細な解明を目標にしています。また、米国やカナダの衛星計画との協力により、これまでにない規模でジオスペースの包括的な探査を実現します。

 さらにERGプロジェクトでは、ERG衛星による観測を補強する形で、近年急速に発達してきた地上からのリモートセンシング技術を活かすべく、地上観測もプロジェクトの一部を担っており、ジオスペースを宇宙から、そして地上から同時に探査することを計画しています。また、IT技術の進化に伴って、ジオスペース研究においても、従来のコンピュータでは難しかった大規模な数値シミュレーションが行われるようになっています。ERGプロジェクトでは、こうしたジオスペースのシミュレーションを行っている研究者も参画して、「衛星による観測」と「地上からのリモートセンシング」を「数値計算」を通じて結合するなど、三者が一体となって、ジオスペースにおける高エネルギー粒子生成過程を理解しようとしています。

 高エネルギー粒子加速の問題は、地球磁気圏だけではなく、惑星磁気圏、天体磁気圏での粒子加速にもつながる普遍的な問題です。遠くの惑星や天体では難しい「加速の現場の直接観測」が唯一可能な領域であるジオスペース。ERGプロジェクトは、そのジオスペースで、最も高いエネルギーの粒子が生まれている現場を探査し、粒子加速メカニズムを解明することを目指しています。

(みよし・よしずみ) 


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