No.300
2006.3

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2006.3 No.300 


- Home page
- No.300 目次
- 「ISASニュース」300号に寄せて
+ 宇宙科学最前線
- お知らせ
- ISAS事情
- 科学衛星秘話
- 宇宙の○人
- 東奔西走
- いも焼酎
- 宇宙・夢・人
- 編集後記

- BackNumber

基礎科学分野における宇宙環境利用科学の現状と今後の展望 

宇宙環境利用科学研究系 足 立 聡  

 宇宙環境利用科学とは、宇宙環境の特徴である微小重力、真空、太陽エネルギー、宇宙線などを利用して、科学的課題の解決を図る研究です。現在までのところ、特に微小重力の利用が主となっています。微小重力環境では、熱対流、比重差に伴う浮上・沈降・対流などを、地上に比べて大幅に抑えることができます。これらの特徴から、地上では得ることが難しい均質な結晶や合金を得ることを目的とした宇宙実験が、世界各国で行われてきました。ところが、当初期待していたほどには均質な物質を得ることができませんでした。そして、その理由を明らかにするための研究が行われた結果、少なくとも2〜3 X 10-5g 程度、理想的には10-6g 台の微小重力が必要であることが分かりました。この微小重力レベルを最も容易に、かつ長時間にわたって実現できる手段が、建設中の国際宇宙ステーション(ISS)です。ISSにおける日本の実験モジュール「きぼう」は、2007年から利用可能になる計画です。宇宙環境利用科学の立場からは、長年の懸案であった長時間かつ必要十分な微小重力環境を、日本がようやく手に入れられる時代になりつつあると言えます。


基礎科学分野の研究活動

 これまでの宇宙実験では、主として物質科学分野と生命科学分野の実験が行われてきました。このため、「きぼう」を利用した宇宙実験計画も、物質科学分野と生命科学分野の実験テーマで占められているのが現状です。これら主流ともいえる研究分野に加え、基礎科学分野の研究が近年盛んになりつつあります。現在では、これら3分野と関連する技術研究を総称して「宇宙環境利用科学」と呼んでいます。

 JAXA宇宙科学研究本部には、我が国における宇宙環境利用科学をリードする責務があります。このため、2003年10月の宇宙関係3機関統合時に、宇宙科学研究本部長への諮問委員会として、宇宙環境利用科学委員会を新たに設置しました。この委員会には、宇宙環境利用科学にかかわる研究者コミュニティの代表者が委員として参加しています。この委員会のもとに、2005年度には60の研究班ワーキンググループ(WG)が組織され、将来の宇宙実験テーマ創出を目指した研究活動を行っています。このうち、物質科学分野と基礎科学分野のWGの数は、それぞれ22と6となっています。2006年度の基礎科学分野のWGは、

 ● 微小重力環境下微粒子プラズマ研究会
 ● 臨界点ダイナミックス
 ● 微小重力下における液体・固体ヘリウム
 ● 非平衡化学物理系の微小重力科学
 ● メゾスコピック系の微小重力化学
 ● 宇宙環境に適合する低温実験用冷凍機の開発

です。これらWG活動の中から、微粒子プラズマと臨界点ダイナミックスについて、以下に説明します。


微粒子プラズマ

 微粒子プラズマは、ダストプラズマとも呼ばれ、プラズマ中にダスト粒子が混在している系のことです。惑星間塵、惑星環、彗星の尾などがこのような系であると考えることができ、研究が始まるきっかけとなりました。ところが、1986年Ikeziにより、粒子はクーロン結晶と呼ばれる規則正しい構造を形成し得ることが予測されました。1994年には複数の研究室で、ほぼ同時・独立に、クーロン結晶の形成に成功しました。前述のWGが対象としている微粒子プラズマは、このクーロン結晶形成を伴うダストプラズマです。

 Ikeziにより予測されたクーロン結晶は反発系結晶でしたので、クーロン結晶形成には外部電極などを用いた粒子閉じ込めが必要であると、多くの研究者は考えています。ところが、引力も作用していると考えている研究者もいます。そのため、JAXAではクーロン結晶形成メカニズムを理解するための研究を開始しています。まず初めに、理論モデルを作り、粒子間距離に対する系全体のエネルギー変化を調べました。このモデルから、条件によっては特定の粒子間距離において系のエネルギーが低下することが分かりました。系のエネルギーが低下すれば、自発的に規則的構造が形成される可能性が生じます。

図1 クーロン結晶形成実験の代表的実験結果

 次に、自発的な構造形成が可能であるかどうかを実験的に調べるために、実験装置の設計・製作を行いました。本装置を用いてプラズマを作り、その中に直径1mmの単分散粒子を投入することにより、図1に示すクーロン結晶を形成することに成功しました。光源には厚み1〜2mmの緑色レーザーシート光を用いました。シート光の厚みがこの程度であっても、観察装置の被写界深度が浅いこと、およびシート光から外れかけた粒子は輝度が小さくなることから、シート光内に粒子が存在するかは判別可能です。図1の赤破線で示したように、微粒子は鉛直方向には直線状に配列しています。ところが、黄破線で示したように、水平方向には非直線状に配列しています。一方向からの観察なので構造を断定できませんが、面心あるいは体心構造のように見えます。今後観察装置を改良し、構造を明らかにする計画です。また、得られたクーロン結晶は上方ほど上下の粒子間距離が小さくなっていて、かつ上下方向の粒子数は5〜6個程度です。これは、重力に逆らってクーロン結晶を保持するために、シース領域の電場を利用しているためです。微小重力環境を利用することにより、シースの影響を受けない等方的かつ大きなクーロン結晶を得ることができると期待されています。

 また、JAXAで得られたクーロン結晶では、上部の粒子よりも下部の粒子の方が活発に運動する傾向にあります。このため、下部の粒子が異なる格子点に移動する現象が観察されます。図2はその観察例です。
(a)は初期状態です。
(b)は(a)から10フレーム後(約0.33秒後)で、黒矢印の粒子がシート光面内に近づいてきます。このとき、図において、赤矢印の粒子は右側、黄矢印の粒子は左側へ移動していきます。20フレーム後
(c)には、黒矢印の粒子は、赤矢印の粒子が初期状態に結合していた格子に接近し、赤矢印と黄矢印の粒子は元の格子に対して、それぞれ一つ右側および左側の格子に結合します。30フレーム後
(d)には、黒矢印の粒子も格子と結合します。
結合という表現を用いた理由は、粒子が移動後、ある格子点にとどまる場合には、まるでポテンシャル井戸に捕捉されるような挙動を粒子が示すためです。今後モデルと実験結果を組み合わせて、捕捉メカニズム解明を進めたいと考えています。また、このような挙動はこれまであまり報告されておらず、実在結晶における表面拡散などのモデルとして利用できる可能性があると考えています。

図2 クーロン結晶における結晶成長のその場観察結果


臨界点ダイナミックス

 臨界点では、液体と気体の区別がなくなり、圧縮率、熱膨張率、比熱などが発散するといった特徴があります。また、熱拡散が悪くなるといわれています。ところが、1985年に実施されたドイツのD−1ミッションにおいて、熱が異常に速く輸送されることが発見されました。その後、ヨーロッパを中心としてシャトルや小型ロケットなどを用いた実験が進められました。1990年には京都大学教授の小貫明らにより、この異常輸送のモデルが提唱されました。この現象は、1990年にフランス国立航空宇宙センター(CNES)のZappoliらによりピストン効果と命名されました。小貫らのモデルでは、わずかな温度変化であっても、急激な熱膨張により衝撃波のような疎密波が生じ、その疎密波が高速熱輸送を行うと説明されています。しかし、実際に疎密波が伝播する様子を直接的にとらえた実験はこれまでにありません。そのため本WGでは、疎密波伝播を実験的に測定することによるモデルの検証を目指しています。ところが地上では、臨界点近傍での密度揺動は密度勾配を生じさせ、その結果、一部の領域でしか臨界点近傍に到達できません。このため、微小重力が極めて有効に作用すると考えられます。

図3 開発中の小型ロケット用ピストン効果実験装置

 本WGでは、現在小型ロケットを利用した実験を想定して、微小重力実験装置の開発を進めています。図3は開発中の実験装置です。図3には、実験用試料セル部のみを示しました。セル部には、最大3個の試料セルを搭載することが可能です。また、このセル部を三重の熱シールドで覆い、mKオーダーでの温度制御を可能にしています。この熱シールドは構体を兼ねており、耐振動性を向上させ


今後の展望

 ISS以外では、落下塔と航空機だけが現在、我が国独自の微小重力実験手段です。さらに、ISS搭載装置開発費は極めて高額となってしまうため、新規開発は困難な情勢です。そのため、科学的意義の高い新規宇宙実験テーマがありながらも、我が国独自の実験機会がほとんど得られない状況が続いています。この状況を打開する方法の一つが国際協力であると考えています。

 微粒子プラズマについては、ヨーロッパが長年微粒子プラズマ研究に取り組んでいます。ドイツのマックスプランク地球圏外物理研究所(MPE)とロシアの高エネルギー密度研究所 (IHED)が中心となって、PKE Nefedovという装置をISSのロシアサービスモジュールに搭載し、すでに実験を完了させています。また、昨年12月には、PKE Nefedovの後継装置であるPK3 Plusが同じくロシアサービスモジュールに搭載され、2008年ごろまで実験が行われる予定です。このプロジェクトに日本も参加できるよう、MPE、IHED、欧州宇宙機関 (ESA)、ドイツ航空宇宙センター(DLR)などとの協力を進めているところです。また、臨界点ダイナミックスについても、欧州のTEXUS小型ロケット利用を目指します。このため、ESA、CNESとの協力を進めたいと考えています。固体ヘリウムに関しても、重力によって変形するほど脆弱なので、微小重力が極めて有効に作用します。量子効果を伴う結晶成長の物理学として、今後有望な宇宙実験テーマです。

(あだち・さとし) 


#
目次
#
お知らせ
#
Home page

ISASニュース No.300 (無断転載不可)