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現在,どのようなプロジェクトを進めているのですか?
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津田: |
誰もやっていない世界初の探査機システムをどんどん作っていこう,というのが私たちの研究室です。今は主にソーラーセイルの開発を行っています。ソーラーセイルは,ヨットが帆に風を受けて進むように,大きな帆に太陽の光を受けて宇宙空間を進みます。燃料を必要としない夢の宇宙船ですが,まだ誰も実現していません。
NASAもソーラーセイルの開発に力を入れています。NASAのソーラーセイルは宇宙空間で枠のような骨組みを伸展させて膜を張りますが,私たちが考えているのは遠心力を使って膜を展開するタイプです。骨組みタイプでは,宇宙に持っていける大きさに限界がありますし,伸展できる枠の大きさ自体にも限界があるので,膜の大きさも制限されます。一方,遠心力で展開するタイプは,理論上はどんなに大きな膜でも広げることが可能ですし,骨組みがないので軽い。さらに私たちは,イオンエンジンを搭載することで,より効率的に宇宙を航行できるソーラー電力セイルの検討を進めています。
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世界初のソーラー電力セイルの行き先は?
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津田: |
ソーラー電力セイルは直径50m。まず6年かけて木星に向かいます。木星に到着すると,木星の周回軌道にオービターを投入します。さらにオービターはカプセルを分離し,木星の大気に投下します。ソーラー電力セイル本体は,木星でスウィングバイをして太陽・木星系のラグランジュ点にあるトロヤ群の小惑星に向かいます。全部で650kgほどの小さな探査機ですが,“世界初の塊”といえるチャレンジングなミッションです。
2004年には観測ロケットS-310を使い,直径10mの膜の展開に成功しました。2006年には,赤外線天文衛星ASTRO-Fを打ち上げるM-Xロケットのサブペイロードを利用して展開実験を行う予定です。そして,早ければ2012年に実機を打ち上げたいと計画しています。
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大学院では,学生の手作り衛星とも呼ばれる「キューブサット」のプロジェクトマネージャーをされたそうですね。
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津田: |
キューブサットは一辺が10cmという小さな衛星ですが,設計からさまざまな試験,製作,打上げ,運用など一通りのプロセスを学生のうちに経験できたのは,とても幸運でした。
キューブサットのファーストシグナルを受けたときは,うれしかったですね。打上げの成功に歓喜した後は,地球を1周してくるキューブサットから最初の信号が届くのをひたすら待つ。スリル満点です。キューブサットは通信(ビーコン)にモールス信号を使っています。雑音の中からツツツという音が聞こえだす。最初は幻聴かと思うような小さな音です。そして,ツートンツートンという信号が入ってきた。「私はキューブサットです」と言っている。宇宙から聞こえてくる声にゾクゾクしました。今までに聞いたどんな声よりも美しく聞こえた。
キューブサットは,宇宙空間がどういう場所なのかもまったく知らない状態からのスタートでした。専門家にとっては当たり前のことでも,一つ一つ実験で確認しながら,自分たちの納得がいく方法で衛星を作り上げました。ずいぶん遠回りをしたのかもしれませんが,それが自信につながったのでしょう。学生が自由に納得できるまでやれる,そういう環境を作ってくれた東大の中須賀真一先生にはとても感謝しています。本当の教育とは,そういうものではないでしょうか。大学では,自分がやりたいことをやって,自分の道を見つけるべきです。自発的に何かをやれる環境を整えることが,大学の本来の役目だと思います。キューブサットなどを通して,若いときに“宇宙を自分の手で触る”という経験をした仲間が増えることは,日本の宇宙開発にとってもプラスになるでしょう。
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子供のころの夢は?
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津田: |
乗り物が大好きで,電車の運転手になりたかった。高校生のころは,パイロットになりたいと本気で思っていました。職業としてのパイロットはあきらめましたが,学生のときにセスナの免許を取り,今でも時々空を飛んでいます。夢はあきらめたくないのです。
宇宙に興味を持ったのは,小学1年生のときにNASAのケネディ宇宙センターに連れていってもらったことが,一つのきっかけかもしれません。スペースシャトルは見られませんでしたが,発射台は巨大で,たくさんの人が働いていた。あの光景は,よく覚えていますね。ハレー彗星の探査も印象に残っています。アメリカとヨーロッパはそれぞれ1機でしたが,日本はソ連と同じく2機の探査機(「さきがけ」と「すいせい」)を打ち上げた。日本ってすごいな,と思いました。私は当時,相模原市に住んでいたのですが,そのときに初めて宇宙研を知ったんですよ。まさか,そこで働くようになるとは思っていませんでしたが。
まだまだ宇宙は遠い。JAXAは日本で一番宇宙に近い場所のはずですが,衛星を一つ打ち上げるにも非常な苦労があります。宇宙に行きたいと思った人が簡単に行くことができる,そんな世界を実現したい。これは,私の夢であり,人生の課題ですね。
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