No.290
2005.5

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2005.5 No.290 


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GEOTAIL衛星 天体ガンマ線観測始末記 

東京大学大学院理学系研究科 寺 沢 敏 夫  

これまでに知られている軟ガンマ線リピーター(SGR,4つの赤丸)と,類似した性質を持つといわれる異常X線パルサー(AXP,6つの黄色の四角)の位置(銀河系座標)。今回,巨大フレアを起こしたSGR1806-20は銀河中心に近い方向にある。前々回,前回の巨大フレアはSGR0526-66とSGR1900+14で起きた。
(C)NASA Marshall Spaceflight Center

 GEOTAILとは,1992年7月に打ち上げられ,現在もデータ取得に活躍中の磁気圏探査衛星の名前です(地球を表す接頭辞geoに磁気圏尾部を表すtailをつないだ造語)。科学史をひもとくと,予期せざるデータが新しい研究の進展につながったというたくさんの例を見いだすことができます。しかし個人レベルでは,そうしたことはごくまれな非日常的出来事でしょう。私自身がGEOTAIL衛星によって天体ガンマ線の観測を行い,しかもそれによってその最前線に躍り出ることになろうとは,つい数ヵ月前までは思ってもみなかったことでした。

 GEOTAIL衛星プロジェクトはその名のとおり,地球磁気圏,特に尾部を主な研究対象として,JAXA宇宙科学研究本部の前身である宇宙科学研究所とNASAが共同で企画したものです。磁気圏の研究にとって重要なのは,その場のプラズマ密度,速度,温度に加え,高エネルギー粒子や電磁場とその揺らぎ(波動)です。そうした項目については,ほぼ完ぺきな観測体制がとられてきました。

 一方,磁気圏研究のお隣に当たる太陽コロナ・フレアの分野では,「ようこう」衛星の大活躍が記憶に新しいところです。磁気圏と太陽フレアは,プラズマの密度や磁場強度は何桁も違うものの,磁気リコネクションと呼ばれる共通の物理過程が支配的であることが明らかにされました。その研究の進展には,GEOTAILと「ようこう」のデータを用いた日本の磁気圏グループと太陽グループの寄与が本質的でした。「ようこう」では,GEOTAILと違って直接その場所に行かずに磁気リコネクション過程を研究するため,X線〜ガンマ線による遠隔観測(リモートセンシング)が行われていました。

GEOTAILが太陽フレアのガンマ線をとらえた

図1 上:LEPのイオンカウントを時刻・エネルギーごとに擬似カラーで表示(E-t図)。中央に近い縦縞がGEOTAILへの太陽ガンマ線の到来を示す。
下:「ようこう」が観測した太陽からのガンマ線(50〜90keV)の時間プロファイル。ピークの位置は,上の縦縞と一致している。

 さて,話は5年前の2000年初めにさかのぼります。GEOTAIL衛星のプラズマ観測器(LEP,イオンと電子のカウンターで構成)のデータを眺めていて,時折,妙な縦縞が入ることに気が付きました。図1上は1997年11月6日11時40分〜12時10分(世界時)の30分間のLEPのイオン・データを示したものです。縦軸はイオンのエネルギー,横軸が時間で,図の擬似カラーは各時刻・各エネルギーのイオンのカウント数を示します。この時間帯,GEOTAILは磁気圏尾部のプラズマシートの中にあり,周りの熱いイオンが連続的に飛び込んできていました(磁気圏尾部とは,彗星の尾のように地球磁場が太陽風によって吹き流されてできた地球の尻尾のこと。その中央には,数千万度(数keV)という高温のプラズマが詰め込まれてシート状の構造を作っている。それをプラズマシートと呼ぶ)。

 図では,その様子が0.2〜10keVの範囲で横に連なる色の帯として見えています。色合いが時間とともに変わるのは,イオンの量が変動していることを表しています。一方,図の中央付近,11時53分〜11時55分ごろには青〜黄〜赤の縦縞が見えます。これがもしイオンによるものなら,計測の最低エネルギーである0.02keVから最高エネルギーの40keVに達する,広いエネルギー範囲のイオンのバースト・イベントがあったことになります。しかし,こんなイベントはそれまで知られていません。

 LEPデータの信ぴょう性を調べているうちに,同時刻に観測された「ようこう」のガンマ線光子のデータ(HXT/H)に行き着きました(図1下)。「ようこう」は,ちょうど図1上の縦縞の時間帯に光子数の増大を観測していますが,これはクラスX9.4という特大級の太陽フレアに伴うものでした。当時大学院生の竹井康博君が調べたところ,大きな太陽フレア(>〜X3)に伴ってLEP観測に似たような縦縞が入る例がたくさん見いだされました。さらに,LEPデータと「ようこう」のエネルギー別データの詳しい比較から,縦縞部分のLEPデータは50keV以上のガンマ線光子の強度を表していることが証明されたのです(ガンマ線に対しては,図1上の縦軸のエネルギーの目盛りは意味を持たない)。

 LEPのガンマ線に対する感度はごく低いもので,専用観測器に比べると1000分の1程度以下ですが,専用観測器は地球の影に入って太陽を見ていない時間帯が結構あります。それに対し,地球中心から10〜30地球半径の距離を飛行するGEOTAILは,地球の影に入る時間は無視できるほど少なく,ほぼ連続的に太陽を「見て」います。そのため,ほかのデータが得られていなかったとき,太陽ガンマ線データを取得して太陽フレア研究者に提供することもできました。

 しかし,太陽活動の低下に伴ってフレア数も減少,これでLEP太陽ガンマ線観測も店じまいかと思っていた矢先の今年初めのことです。

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SGR1806-20の巨大フレア発生

 ガンマ線天文衛星HETE2の日本側代表として活躍中の東工大の河合誠之さんから「軟ガンマ線リピーターSGR1806-20が,2004年12月27日21時30分26秒(世界時)から数分間にわたって巨大フレアを起こした。そのフレアの開始直後のガンマ線強度は,太陽フレアより強かったといわれている。LEPデータにそれらしいものは見えていないだろうか?」というメールが飛び込んできました。

図2 上:LEPの電子のカウント
下:LEPのイオンカウントのE-t図
青の下向き矢印で示した時刻に一筋の縦縞が見られる。これがSGR1806-20からのガンマ線のシグナルを表していた。

 早速,LEPデータを調べてみました。まず初めに描いたのは図2です。この図は2004年12月27日21時15分〜21時45分の30分間の電子(上段)とイオン(下段)のデータを示したものです。GEOTAILは太陽風内にあったので,太陽風の電子とイオンが連続的に横の帯状に並んでいます。そして,河合さんから連絡のあったまさにその時間に,これらの電子,イオンの横帯を貫く縦縞が入っているではありませんか(図の中央付近の青色矢印で表示)。

 この図を見て巨大フレア観測の成功をほぼ確信しましたが,その後論文を仕上げる3月末に至るまで,大学の義務的な仕事以外のほとんどをキャンセルし,大学院生の田中康之君ほか幾人かの共著者とともにデータ解析作業に没頭することになったのでした。

ピーク観測はGEOTAILのLEPだけ

 話を図2を描いた直後に戻します。LEPデータの時刻と,SGR1806-20からのガンマ線のGEOTAILへの到達予想時刻を比べ,その差はデータの時間精度である数ミリ秒以内で一致することが判明しました。こうして,巨大フレアからのガンマ線光子を検出したことは疑いのないところとなりました。図2のカウントデータを時間順に並べ替えたのが図3上です。このように時間順に並べ替えると,LEPは5.48ミリ秒の時間分解能を持ったガンマ線観測器ということになります。この時間分解能は,ガンマ線専用観測器に比べてもそれほど見劣りのしないものです。
図3 上:LEPのカウントを時間順に並べ直したグラフ(巨大フレアからのガンマ線の光度曲線)
下:ガンマ線天文衛星Swiftが得た光度曲線。ピークを含む約260ミリ秒間はデータが得られていない。
上下のグラフとも400〜450ミリ秒の辺りにいくつかのサブピークが見える。2つの独立な観測でサブピークの構造は細部まで一致しており,これらが本物であることが証明された。この構造は小さなエネルギー解放が再び起こったことを示すと思われるが,詳しいことは今後の研究を待ちたい。

 そうこうしているうちに,ほかのガンマ線天文衛星のデータ取得状況が明らかになってきました。残念ながら河合さんが関与するHETE2衛星はSGR1806-20から見て地球の影にありデータは取得できなかったのですが,Integral,RHESSI,Konus-Wind,Swiftといったそうそうたる顔ぶれが参戦してきました。しかし同時に,それらのガンマ線天文衛星にとっては巨大フレア開始直後の200〜500ミリ秒間は信号が強過ぎて,いずれもデータを取りこぼしていたことが判明しました。いくつかの観測の速報を眺めると,一応,ピークのガンマ線エネルギー量の推定が載っていますが,それらはガンマ線専用の観測器が得たものではなく,もっと時間分解能の悪い別の観測器(地球の放射線帯モニタなど)に飛び込んできたガンマ線光子によるカウント数を苦労してエネルギー量に焼き直したもののようでした。

 「時間分解能の高い観測でピーク付近のデータを取りこぼさなかったのは,GEOTAILのLEPだけらしい!」。我々のデータが重要性を増してきました。急きょ,データを論文にまとめて投稿しようと決めたのは,1月下旬のことでした。図3下は,その後報告されたSwift衛星のデータです。0〜260ミリ秒の間,グラフが上に突き抜けているのは,信号が強過ぎたために生じたデータギャップの部分です。図3の上下を比べると,LEPのデータがきれいにSwift衛星のデータギャップを埋めているのがお分かりいただけるでしょう。そして,過去5年間の太陽フレアガンマ線による感度較正の結果を生かし,このピークでのガンマ線の強さが1平方センチメートル当たり毎秒20エルグという,とんでもない強さであったことが確認されたのです。

マグネターのフレアに磁気リコネクションが関与

 SGR1806-20の正体は,1000兆ガウス程度という超強磁場を持つ中性子星(マグネター)であるとする説が有力です。マグネターは普段から少量の磁場エネルギーを断続的に解放し,比較的エネルギーの低いガンマ線を放射しているため,軟ガンマ線リピーター(SGR)と呼ばれています。これまで3つのマグネターが巨大フレアを起こしたのですが(表紙の図のSGR0526-66,SGR1900+14そしてSGR1806-20),今回のフレアは過去の2つに比べて100倍以上も大きいものであったことが明らかになりました。

 マグネターは,数十年に一度ほど巨大フレアとして普段よりはるかに多くの磁場エネルギーの爆発的解放を起こすらしいのですが,詳しいことはよく分かっていません。そのメカニズムを探るためには,フレア開始直後のガンマ線の強度変化を知ることが必要です。そのためにLEPデータは大変貴重なもので,今後の理論モデル構築の手掛かりとして重要な役割を果たすことになるでしょう。特に図3上の光度曲線の0〜200ミリ秒の間に見られる凹凸の60ミリ秒ほどの時間スケールは,マグネターにおけるエネルギー解放素過程の時間スケールを反映すると考えられます。通説によれば,その素過程にも磁気リコネクションが関与しているといわれており,それが正しければGEOTAILは,地球磁気圏と天体の両方の磁気リコネクションを観測した最初の人工衛星であることになります。

 少し早めの桜が咲き始めた3月末,ほかのガンマ線天文衛星の結果と並んで,我々の結果が4月28日発行の『Nature』誌に掲載されることが決まり,取りあえずは一件落着となったのでした。

(てらさわ・としお) 


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