No.267
2003.6

<研究紹介>   ISASニュース 2003.6 No.267

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新しきチャレンジ
世界初の小惑星探査ローバ“MINERVA”

宇宙探査工学研究系 吉 光 徹 雄  
久 保 田 孝  


1.はじめに

 太陽系に存在する小さな天体(小惑星や彗星)は,太陽系が誕生した当初の物的証拠を残していると考えられており,太陽系の起源を探る上で重要な存在である。

 1986年にハレー彗星が太陽に接近した際には,世界的な協力体制のもと,合計6機の探査機が彗星をフライバイして観測を行なった。その後も,木星探査機が木星に向かう途中に複数の小惑星をフライバイして観測を行なっているが,1990年代後半になって,小天体の探査機が数多く打ち上げられるようになった。2000年には,NEAR探査機が小惑星Erosの周回軌道に投入され,初めて長期間の観測が可能になった。

 これまでの探査機は,小天体に近づいたとはいえ,リモートセンシングにより観測を行なったにすぎない。今後は,小天体表面への着陸機や表面を移動探査するロボット(ローバ)による現地観測,小天体そのもののかけらを地球に持ち帰って詳細な分析を行なうサンプルリターンが大きな科学的成果を挙げる手法として期待されている。

 宇宙科学研究所は,さる2003年5月9日に小惑星探査機“はやぶさ”(MUSES-C)を打ち上げた。“はやぶさ”は,次世代の小天体探査技術の工学試験を行う先進的な探査機である。“はやぶさ”は,2年間の惑星間航行の後,近地球型小惑星1998SF36にランデブする。その後,数ヶ月に渡って小惑星の近傍から観測を行い,小惑星にタッチダウンしてその破片を収集し,地球に持ち帰る(図1参照)。

 “はやぶさ”には,日本初の惑星探査ローバが搭載されている。このローバは,探査機が小惑星のサンプル採取のため降下する時に,小惑星表面に向けて放出される。ローバは,その後数日間に渡って,小惑星表面を移動しながら観測を行なう。このローバはMINERVA(MIcro/Nano Experimental Robot Vehicle for Asteroid)と命名されている。本稿では,探査ローバMINERVAについて紹介する。


2. MINERVAの開発
2.1 小惑星の環境とMINERVAへの要求

 小惑星探査機MUSES-Cに我が国独自のローバを搭載しようという計画がスタートしたのは1998年である。当時,MUSES-C探査機の初期設計はほとんど終了しており,新たなローバシステムを後付けするためには,なるべく探査機への影響を小さくする必要があった。このため,トータルの質量で1[kg]以下,大きさは10数[cm]立方以内とすることが要求された。

 ローバを設計・開発するためには,実際にローバが動作する環境の情報として,小惑星の表面重力や小惑星表面からの脱出速度,小惑星の自転周期などが必要である。当時の探査対象は,1998SF36ではなく別の小惑星だったが,地球からの詳細な観測が行なわれていなかったため,その軌道以外はっきりしたことは分かっていなかった。このため,小惑星表面の推定環境には大きな不確かさがあった。当時,筆者らが仮定した小惑星表面の環境は,表面の重力が10-6〜10-4[G],表面からの脱出速度が2〜200[cm/s]と非常に小さく,かつ,2桁程度の不確かさを持つものであった。ローバには,このような微小重力環境で安定に移動できるメカニズムが必要であった。

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図1 小惑星探査ミッションMUSES-C [Ikeshita/MEF/ISAS]


 さらに,探査機と地球の間の通信帯域は非常に細く,数10分の往復の電波遅れ時間が想定された。このため,地球からの遠隔操縦は現実的でなく,ローバには,自律的に移動探査する知能が必要であった。



2.2 微小重力下での移動メカニズム

 筆者らの研究グループは,長年,月や火星表面を探査するローバの研究を行なってきたが,小惑星のような重力が小さい環境は初めてである。さまざまな検討の結果,車輪型のような表面と接触を保ちながら移動するメカニズムは,以下のような理由から不利であるという結論に達した。

(1) ローバが移動するために必要な力は,小惑星表面とローバの間の摩擦力である。小惑星表面は不整地であり,凹凸が存在する。ローバにわずかながらも鉛直方向の力が作用すると,簡単に小惑星表面から離れてしまい,ローバは小惑星表面と接触を保つことができない。接触を保つことができなければ駆動力を伝えることもできない。
(2) 摩擦力はローバと小惑星との間の接触力に依存してその大きさが変わるため,重力の小さい環境では摩擦力の大きさ自体が非常に小さい。このため,大きな駆動力をかけるとスリップし,小さな駆動力では移動速度が著しく遅くなる。

 必ずしも接触を保つ必要のない移動メカニズムとして,ホッピング型の移動メカニズムがある。MINERVAの移動メカニズムは,ホップに特化したものを採用する方針を決めた。ホッピングメカニズムでは,ホップする際に,小惑星表面を押し付ける力が働くため,時間は短いながらも接触力を大きくすることできる。このため,移動速度の面からも有利である。

 続いて,ホッピングに特化した移動メカニズムに関して,アイデアの募集を行なった。「微小重力移動メカニズム研究会」を発足し,所内外の専門家や大学院生とブレインストーミングを行なった。ジェット推進で移動する方式や,表面を蹴って移動する方式などさまざまなアイデアが出されたが,最終的には,当時大学院生であった筆者が提案した内部トルカ方式を採用した。

 MINERVAで採用した移動方式を図2に示す。ローバ内部のトルカによりローバを回転させ,この反力でローバをホップさせる。本方式は以下のような利点を持つ。

外部に可動部がない。このため,小惑星表面に存在する(と言われている)ほこり(レゴリス)対策を行なう必要がなく,信頼性が高い。
ホップ後の姿勢制御を同一のトルカで行なうことができる。
微小重力環境では,トルカとしてギヤなし小型DCモータで十分であり,小型軽量化が可能である。
モータ制御により,小惑星からの脱出速度を超えないようにローバがホップする速さを制御できる。

 このホップメカニズムを提案した時には,シミュレーションによる検討結果を誰も信じようとはしなかった。その後,実際にプロトタイプのローバを製作し,落下塔(カプセルを自由落下させることにより,カプセル内部で数秒間の無重力状態を得ることができる)に足繁く通って実験をすることにより,ローバの動きが目で見て確認できるに至って初めて信用してもらえるようになった。


図2 トルカによるホッピング方式


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2.3 MINERVAの開発

 ミッションと移動メカニズムが決まったが,それを実現する探査ローバを設計・開発するには,まだまだ大きな壁があった。一番大きな問題は,質量とサイズである。MINERVAは,ホッピング機構の他に,電源,通信機,アンテナ,コンピュータ,データレコーダ,熱制御,姿勢制御,姿勢センサ,観測機器など,1つの衛星が有するあらゆる機能を持っ必要がある。さらに,母船からローバを分離するための機構や,母船との間でデータのやりとりを行なうインタフェースも必要である。それらすべてを含めて質量1[kg]以内で実現することは至難の技であった。また,上に挙げたことを1つのコンピュータで実現するためのソフトウェアの開発も苦労の連続であった。

 ローバ開発に熱心であったIHIエアロスペースのロボットグループと共同研究をスタートさせて,ローバのハードウェアとソフトウェアの開発を進めた。大まかには,ハードウェアの開発をIHIエアロスペースが行い,ソフトウェアの開発を筆者が担当した。また,設計や試験は共同で進めた。

 その他にも,MINERVA開発プロジェクトにご賛同いただいた多くのメーカに,多大な協力をしてもらった。CPUやモータは,宇宙用の部品をメーカに特別に提供していただいた。また,搭載した超小型カメラやバッテリ,通信機は,宇宙とは縁のないメーカの民生品を,メーカの協力のもと宇宙仕様化し,各種環境試験をパスするものを開発した。特にバッテリは重要であった。太陽電池セルによる発電だけでは,通信機やモータの動作に必要な瞬時の電力需要を満たすことができないため,ローバ内部にバッテリを搭載することは必須であった。バッテリとして電気二重層コンデンサを採用し,小惑星に到達するまでの2年間,極低温にさらされても劣化しないものを特別に開発した。



3. MINERVAシステム
3.1 MINERVAフライトモデル

 MINERVAのフライトモデルを図3に示す。また,ローバの仕様を表1に示す。ローバの大きさは,直径120[mm],高さ100[mm]の正16角柱(ほぼ円柱)であり,質量は591[g]である。その他の分離機構や探査機とのインタフェース部を含めると,最終的には1[kg]を大幅に超えてしまったが,1457[g]である。


図3 MINERVAフライトモデルと保持・放出機構(中央がローバ)


 ローバの表面には太陽電池セルが全面に貼られており,どのような姿勢でも太陽が当たれば電力を得ることができる。着地時の衝撃緩和や太陽電池の保護のため,表面から針のようなピンが突き出ている。このピンは,ホップする際に小惑星表面の摩擦を大きくする役割も持っている。内部にはモータが2つ内蔵されており,どの面で静止しても移動可能なように工夫している。観測機器として超小型カメラ3台と温度センサ6個を搭載し,小惑星表面の微細な次元構造の構築,遠方の表面画像の撮影,表面温度の計測などを行なう。

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  表1 MINERVAローバフライトモデルの仕様
大きさ   正16角柱(直径:120[mm],高さ:100[mm])
質量   591[g]
搭載CPU   32bit RISC CPU(約10[MIPS])
メモリ   ROM:512[KB],RAM:2[MB]
 Flash ROM:2[MB]
アクチュエータ   DCモータx2(ホップ用,旋回用)
ホップ能力   最大9[cm/s](速度可変)
電力供給   太陽電池:最大2.2[W](距離1[AU])
 二次電池:電気二重層25[F],4.6[V]
通信   9,600[bps](通信可能距離20[km])
搭載センサ   CCDカメラx3(ステレオ+単眼)
 フォトダイオード×6,温度センサx6


3.2 自律探査行動

 MINERVAローバは,探査機が小惑星表面に接近し,タッチダウン最終フェーズの高度約20[m]で小惑星表面に向けて放出される。ローバが小惑星表面に降り立った時には,地球と探査機と間には約30[分]の通信時間遅れが存在する。このため,ローバは,電気二重層コンデンサの充電量,内部機器温度,活動履歴などのローバの状態に応じて自律的に行動を判断する。

 ローバには内部機器温度によって自動的にON-OFFする機能が備わっている。内部温度が高くなると一部の機能を停止させ,残りの機能で運用する。内部機器温度があまり高くない時間がローバの活動期間となるため,小惑星上の朝,あるいは夕方に活動することになる。また,搭載したフォトダイオードにより太陽方向を認識する。朝には夜の方向に,夕方には昼の方向にホップすることにより,内部温度を低くするようなサバイバル機能も有する。

4.おわりに

 小惑星探査機“はやぶさ”に搭載されている探査ローバMINERVAを紹介した。日本のお家芸である民生小型軽量技術の利用,ミッションに特化した設計などにより,わずか600[g]のローバを世の中に出すことができた。関係者の尽力に感謝したい。

(よしみつ・てつお,くぼた・たかし) 


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