No.267
2003.6

ISASニュース 2003.6 No.267

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ニューメキシコ滞在

白 石 浩 章  

 LUNAR-Aペネトレータに搭載する改良型地震計の耐衝撃性確認のため,米国ニューメキシコ州ソコロ市にある貫入実験施設を訪れた。出発前日も宇宙研での別の試験が夜まで続き,残作業とともに徹夜同然で荷作りをして日本を発つことになった。久しぶりの海外渡航のため準備にぬかりはないかと内心ヒヤヒヤしながらも,徹夜しておけば時差ボケも弱まるだろうと開き直って目的地に向かった。最も近い空港のある同州アルバカーキ市からソコロ市までの約2時間の道程は道路沿いのわずかな潅木を除くと,西部劇に出てくるような荒野が見渡すかぎり広がり(というよりも点在する小高い丘以外に遮るものがない),ほんとうにこんなところに街があるのか,人が住んでいるのかと思うほどの砂漠地帯であった。当たり前のことだが,そこにある風景はこの数ヶ月の間,連日メディアに映し出されたICHIROGODZILLAがベースボールをするボールパークでもなく,大統領がこぶしを振り上げて「自由と正義」を叫ぶ姿もなく,超高層ビルを背景にして「反戦と平和」を連呼する民衆のデモもなかった。その落差たるやほんの数週間前まで戦争や報復テロの影響で渡航することすらできるのかと心配していたこともすっかり忘れてしまうほどの雄大さであった。

 貫入実験施設はニューメキシコ工科大学の敷地内にあるが,ペネトレータの開発研究を長年行ってきたエネルギー省管轄のサンディア国立研究所(本部はアルバカーキにある)が所有し運営しているものである。周囲の荒涼とした景色とは正反対に緑に恵まれた敷地内にはゴルフコースも整備されていて早朝からプレーを楽しんでいる人がいる。昼食に大学のカフェテリアを利用すると多くの学生達と席を隣り合わせることになり,中庭のベンチに腰掛けて談笑をする姿やロビーで書籍やパソコンに向かっている姿にアカデミックな雰囲気を感じることができたのは意外であった。実験施設の現地スタッフはとても明るく賑やかで献身的に実験をサポートしてくれた。長年の経験から培われた作業や試験装置の創意工夫には学ぶものが多かったが,そのおおらかさからくる仕事のペースには宇宙研に籍を置く人間からみればかえってじれったい思いをすることもあった。都会の喧騒とは遠くかけ離れたここの環境がそんな性格をうえつけているのであろうとこればかりはなかばあきらめムード。

 肝心の貫入試験はというと装置のトラブルに強風の影響も重なって遅々として進まず,帰国日程を延期せざるをえないかと心配していたが,試験最終日の夕刻になってようやく改良型地震計を搭載したペネトレータの打ち込みを行うことができた。現地スタッフにとっては終業時刻であるはずの午後5時を大幅に過ぎてしまったが,月面に似せた大量の砂に潜りこんだペネトレータの掘り出し作業を黙々と行ってくれたことにただただ感謝するばかりであった。その後は我々だけが研究所に残り,いつもの宇宙研モード(?)に戻って搭載機器の動作チェックを終了したのはちょうど日付が変わるころであった。翌朝,ソコロを発つため機材の撤収作業をしながら彼らにそのことを告げるとあきれたようにしていたが,動作確認の結果が良好であったことにとても喜んでくれた。日が暮れるまで掘り出し作業をした甲斐があったと満足してくれたのだと思う(ちなみにこの時期市内が暗闇に包まれるのは午後9時前)。半年後の最終認定試験での再会と成功を約束して研究所をあとにした。

 帰国途中のサンフランシスコ空港で搭乗手続きをしていると,カウンタの日本人女性から「もし,よろしければホノルルで一泊して成田に帰国する便に変更できないでしょうか」とのこと。たずねると,新型肺炎SARSの余波で米国からアジア方面への直行便が大幅に減り,比較的便数が多く残っている成田経由のルートへの予約変更やキャンセル待ちであふれているらしい。「出発日も帰国日も日曜にぶつかったし,一日ぐらい避暑地で休暇もいいかな」と一瞬迷ったが,宇宙研の試験のことが気にかかり予約どおりの成田直行で帰国した。ソコロ滞在中は試験の進捗状況を知らせる電話とFAXを除けばテレビもインターネットとも縁のない一週間を過ごしていたが,日本に到着した途端に日曜日にもかかわらず何やら騒々しい話題が目に飛び込んできた。一週間日本を離れていただけではいつものニュースフリーク症を抜け出せず,新聞を3紙も買い込んで空港からの帰宅途中に読みふけってしまった自分はやはりソコロのような場所にはとても住めそうにないことを痛感した次第である。

(しらいし・ひろあき) 


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浩三郎の科学衛星秘話
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