No.259
2002.10

<研究紹介>   ISASニュース 2002.10 No.259

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Power MEMSとマイクロスラスタ

東北大学 田中秀治,江刺正喜  



 我々東北大学のグループでは近年,Power MEMS (micro-electromechanical system)の研究に力を入れている。
Power MEMSとは,電力,推力,熱などのパワーを発生するMEMSそのもの,あるいは小形パワー源に組み込まれる要素としてのMEMSのことである。Power MEMSの最も重要な応用は,携帯機器用の小形電源である。我々のグループは,燃料電池,燃料改質器,超小形ガスタービンなどを研究している。これらの小形パワー源の共通点は,化学燃料から電気または運動エネルギーを発生することである。一般的に,化学燃料に含まれる化学エネルギーは,同じ体積または重量の電池が発生する電気エネルギーより1-2桁程度大きい。したがって,化学燃料を用いる小形パワー源は,電池より高いエネルギー密度を実現したり,燃焼などの激しい化学反応によって,電池より高いパワー密度を実現したりできる可能性がある。また,次電池は充電を必要とするのに対して,このような小形パワー源は,燃料容器の交換を繰り返せば,連続使用できる。さらに,燃料容器は電池と比較してリサイクルが容易である上,電池のように重金属等の有害物質を含んでいないので,環境汚染を引き起こす危険性が低い。

 Power MEMSのもうつの重要な応用は,マイクロ宇宙船や無人超小形飛行機に代表されるマイクロ飛翔体のスラスタである。素人である我々があらためて述べるまでもなく,人工衛星,惑星探査機などの宇宙船にとって,小形化・軽量化・省電力化は永遠の課題である。宇宙船の小形・軽量化は,1kg当たり数百万円と言われる打ち上げコストを低減するだけではなく,大きな速度増分を必要とする月・惑星探査機ではミッションの可否を決める。さらに,重量10kg程度のマイクロ宇宙船が実現すると,複数のマイクロ宇宙船を用いた新しい概念のミッションが可能になる。複数のマイクロ宇宙船を分散・協調システムとして用いれば,冗長性と柔軟性とを有するシステムが構築できる。たとえば,ある観測ミッションを機能が異なる複数のマイクロ人工衛星で行えば,別のマイクロ人工衛星を追加して,システムを変更・増強したり,故障または旧式化したマイクロ人工衛星だけを交換したり,信頼性の必要な機能だけを複数のマイクロ人工衛星で冗長化したりできる。また,離れた位置に存在する複数のマイクロ宇宙船を協調動作させて,空間的な広がりを獲得することもできる。たとえば,開口合成による分解能の向上,多数点の同時観測によるマッピングなどが,新しい概念のミッションとして考えられている。

 MEMSを用いてマイクロ宇宙船を実現するためには,地上用のMEMSを転用するか,宇宙用のMEMSを新規に開発するかしなくてはならない。地上用のセンサなどを宇宙用に転用するとしても,宇宙に特有の放射線や打ち上げ時のストレスに対処し,宇宙での信頼性を確保する必要がある。さらに,地上用として対応するものがない推進系などは,新規開発が必要である。半導体集積回路と同様に,構造と製作工程とが不可分であるというMEMSの特徴を考えると,これらを実現するためには,詳細な仕様や構造を決めて,研究開発をアウトソーシングするような方法は通用せず,宇宙開発機関が主体的にMEMSの研究開発に参加する必要がある。米国では,National Aeronautics and Space Administration (NASA)Jet Propulsion Laboratory (JPL)が,MEMS研究の部署と施設とを自ら抱え,宇宙用に特化したMEMS研究を進めているが,日本ではそのような例は見当たらない。このような状況で,宇宙科学研究所(徳留真一郎助手,堀恵一助教授,齋藤宏文教授)と我々とが進めているマイクロスラスタの共同研究は,両者が主体的に研究に取り組んでいることから,日本の宇宙開発にとって小さいが重要な一歩なのではないかと思っている。以降では,この共同研究を紹介する。

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 マイクロ固体ロケットアレイスラスタは,多数の使い切りマイクロ固体ロケットを基板上にアレイ状に並べて,それらの使用本数と点火周期とでスラストをデジタルに制御するスラスタであり,1999年に米国のTRWなどによって考案された。図1に我々の構造を示す。個々のマイクロ固体ロケットは直径0.8mmであり,固体燃料,ノズル,点火用ヒータ,ヒータ用配線,バーストダイヤフラムなどで構成される。燃焼ガスによって破壊されるバーストダイヤフラムは,固体燃料を封止し,ヒータを断熱する役割を有する。宇宙科学研究所での将来のマイクロ宇宙船によるミッションを想定した場合,1mNs 程度のインパルススラストを発生する固体燃料ロケットを,1チップ上に10000個以上,高密度に配置しなくてはならない。固体燃料ロケットをできる限り高密度に配置するために,我々の構造では,点火用マイクロヒータの配線は,燃料シリンダの内壁上のフィードスルー配線を通って,チップの裏面に取り出される。これによって,チップの面積を最小限にできるだけではなく,ダイヤフラム直近に細い配線を通す必要がなくなるので,断線の可能性を減らしたり,配線の電気抵抗を小さくしたりできる。また,配線端子をチップの裏面に取り出せるので,制御回路との接続が容易である。


図1 マイクロ固体ロケットアレイスラスタの構造


 マイクロ固体ロケットアレイスラスタは,マイクロ固体ロケットを1個1個製作して並べていくような根気と器用さとを必要とする方法で製作されるわけではない。半導体集積回路を加工するために開発されたフォトリソグラフィ,エッチング,薄膜堆積などによって,多数のマイクロ固体ロケットを含むシステム全体を一括製作する。図1に示したように,マイクロ固体ロケットアレイスラスタは3層構造をしている。第層は単結晶シリコン基板でできており,フォトリソグラフィ,エッチング,蒸着などよって,点火用ヒータ,ヒータ用配線,バーストダイヤフラム・ノズルが次々に形成される。第層も同様である。第層は固体燃料を入れる多数の孔があいたガラス基板でできており,フォトリソグラフィ,エッチング,めっき,研磨などによって,フィードスルー配線が形成される。各層が完成した後,まず,第2, 3層を陽極接合し,次に,固体燃料(ボロン/硝酸カリウム系推進薬)のスラリーまたはペレットを第層の燃料シリンダに入れ,最後に,第層を樹脂で貼り付ける。

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図2 スラスト測定中のマイクロ固体ロケットアレイスラスタ


 これまでに,10×10 = 100個のマイクロ固体ロケットが1.2mmピッチで並んだ試作機を製作し,大気中でスラストを測定した(この測定は宇宙科学研究所で行った)。図2にスラスト測定中のマイクロ固体ロケットを示す。供試体はバルサ製の振り子にぶら下げられ,固体燃料の燃焼によって火花を発している。振り子の変位をレーザ干渉計で測定して,スラストを測定した。3-4W×10-30msの電気エネルギーをヒータに与えることによって,30μNs程度のインパルススラストが得られた。このインパルススラストは目標値の1mNsより大幅に小さく,構造や固体燃料の装填方法などに改良が必要である。また,制御回路との接続方法なども残された課題である。今後も宇宙科学研究所と共同研究を進めていく。

(たなか・しゅうじ,えさし・まさよし) 


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