No.250
2002.1

ISASニュース 2002.1 No.250

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第6回

宇宙環境におけるタンパク質の結晶成長

産業技術総合研究所・人間系特別研究体 安宅 光雄  



*タンパク質の結晶はなぜ必要か

 タンパク質は,すべての生物(ヒトを含む動物,植物,微生物)の体内で,生きていくのに必要な働きの大部分を行っている。ゲノム(遺伝子)の解読が最近話題になっているが,ゲノムというのはタンパク質を作るための情報で,最終的にはタンパク質を作ることによって生命に役立つ。

 種々のタンパク質分子は,それぞれ固有の形をもち,それに基づいて,働き(機能)が決まっている。その「固有の形」を知る手段として最も重要なのが,個々のタンパク質を結晶化し,それにX線を当てて行う「タンパク質結晶学」という方法である。結晶の中では,極めて多くのタンパク質分子が整然と並ぶので,それらからのX線回折を解析すると,個々の分子の形が詳細に分かる。これまでに何千種類かの詳細な立体構造がタンパク質分子について分かっているが,その内の約85%は,結晶を使って決めたものである。



*さらに多くの結晶化を行う必要性

 何千種かの構造がこれまで分かってきたとはいえ,重要なタンパク質で,構造が分からないものが,まだまだ何万も残っている。その中には病気の原因となっていたり,食品の安全と関係するものも含まれる。これらのタンパク質についても,結晶を作り,結晶学を使って,詳細な立体構造を決めていく必要がある。

 そのために期待されていることに,宇宙空間で結晶を作るという技術がある。人工衛星の中では,重力と遠心力とがつり合って,微小重力状態が実現している。そのような環境でタンパク質を結晶化すると,できた結晶が底に沈んで積み重なったり,結晶の周りで必然的に生ずる濃度の小さい溶液が,対流を引き起こしたりすることを防ぎ得ると期待される。そこで,地上で作った結晶に比べ,より整然と分子が配列し,X線を当てたとき,細かい構造まで信頼度高く決めることができることになる。

 より細かい構造が精度よく分かると,個々のタンパク質分子が精巧な働きをなぜ行えるのか,確かな議論ができる。また,その不具合で起こる病気への対処方法を,具体的に考え,かつ確実に実行できるようになる。



*日本における取り組みの例

 宇宙でタンパク質の結晶を作る試みは,世界の各国が競って実施しているが,日本で行われている特徴ある取り組みをつ紹介したい。

a. 結晶を作る基本的な方法にバッチ法がある。結晶ができる溶液を宇宙で作り,結晶ができてくるのを待つ方法である。濃縮や拡散が介在する他の方法に比べ,シンプルなだけに確実な情報が得られる。この方法を最初に計画・実施したのは日本の研究者で,国産の装置が設計・提供された。
   
b. 宇宙科学研究所では,結晶の周りの濃度分布を光学的に観察するための装置作りが進んでいる。タンパク質の濃度分布が分かると,宇宙環境の効果や使い方を,より深く知ることができる。また磁石の作る磁場を積極的に利用し,タンパク質の結晶化をコントロールするための研究も行われている。(図)
   

磁場を利用した卵白リゾチーム(タンパク質の一種)の結晶方位制御。
     左:0テスラ       右:6テスラ

   
c. 2002年打ち上げ予定のスペースシャトルで,日本人研究者のタンパク質試料いくつかを結晶化する予定である。そこでは,地上で予め結晶成長の研究を進めておき,宇宙実験の的確な設計に生かすと共に,宇宙での現象から,できるだけ多くの情報を確実に引き出そうという計画が進行している。外国の実験などの反省の上にたち,何年間も地上で準備した結果と宇宙実験とを組み合わせ,双方を生かしていこうという発想と計画である。

(あたか・みつお) 


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