No.250
2002.1

ISASニュース 2002.1 No.250

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宇宙の謎を解く小さな鍵 dash つづき dash

市 川 行 和  

 今から丁度4年前,本ニュースにこのタイトルで文章を書いた。そこでは,原子分子一個一個の振舞いを知ることが,宇宙におけるさまざまな現象の理解に不可欠であることを述べた。たとえば,我々は宇宙の情報を主として宇宙からやってくる電磁波を観測することで得ている。これらの電磁波の多くは,宇宙にある原子分子やそのイオンが出している。すなわち,観測した電磁波を解析するには原子分子およびそのダイナミクスの知識が必要である。

 原子分子の物理学(あるいは化学)がいかに宇宙科学と深いかかわりがあるかをあらためて示すために,前回紹介した二つの例のその後を見てみよう。まず,最も簡単な多原子分子である H3+がやっと宇宙で見つかったことを述べた。ところがその後,観測された H3+の数はその生成・消滅過程が釣り合っているとしてモデル計算で求めたものよりはるかに大きいことが分かった。その原因として第一に挙げられたのは,モデル計算に使われた H3+の消滅率が大き過ぎるのではないかということである。 H3+は周囲にある自由電子を捕獲して中性化(再結合)し消滅する。その速度は実験で求まっているが,実は理論計算よりかなり大きい。この不一致を解決する研究が現在盛んに行われている。

 次に例として挙げたのは彗星からのX線である。これは太陽風中の多価イオンが彗星大気中の分子と衝突して電荷移行が起こり,イオンに捕まった電子が高い励起状態から下へ落ちる時にX線を出す,ということでほぼ理解されている。しかし,X線スペクトルを定量的に求めるには,多価イオンと分子の衝突過程について定量的なデータが必要である。現在,日本の研究者も含めていくつかのグループでこのデータを実験的・理論的に求める試みがなされている。原子過程データが正確に求まれば,それを使って現在必ずしも良く分かっていない太陽風中のイオンの状態についての知見が得られる。すでにそのような研究も始まっている。

 ところで,2001年のノーベル物理学賞は「原子気体におけるボース・アインシュタイン凝縮(BEC)」の研究に与えられた。これは原子物理学の一部である。現在,アルカリ原子や水素,ヘリウム原子でBECが実現している。いくら極低温とはいえ,これらの原子間には相互作用が働く。この相互作用を正しく考慮しないとBECは実現しない。このようなことがきっかけとなって,現在極低温における原子衝突(cold collision と称する)の研究が盛んとなってきた。ナノケルビン(10-9K )における原子衝突などというのは今まで誰も考えたことがなかったが調べてみると結構面白いことがありそうである。宇宙は極限的環境の宝庫であるから,極低温における原子衝突もどこかで実現している可能性がある。いやBECだって存在するかもしれない。「地上の実験室で起こることは必ず宇宙のどこかで起こる」というのが筆者の信念である。

 宇宙の研究は昔から原子分子の科学にさまざまな刺激を与えて来た。一方,原子分子の知識は宇宙の諸現象の理解に欠くことができない。上記のように原子分子過程のデータが正確なら,宇宙の情報もより正確に得られる。このように両者は密接な関係を保ちつつ発展して来た。今後もそうであろうことを確信しつつ筆をおくこととする。

(いちかわ・ゆきかず) 


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