No.247
2001.10

<研究紹介>   ISASニュース 2001.10 No.247

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用語解説
アブレーション試験
振動励起/電子励起
高エンタルピ気体























アークヒータ

アーク加熱高エンタルピ気流

九州大学大学院工学研究院 西 田 迪 雄  



 気体をアーク放電場で加熱した後ノズルを通して加速し,真空チャンバー(測定室)へ超音速アークジェットとして膨張させるアーク加熱風洞は宇宙飛翔体の大気圏突入時の空力加熱の地上試験,表面触媒性の空力加熱への効果の評価,アブレーション試験等に用いられている。気体がアーク加熱を受ける際,振動励起/電子励起を経て,一部解離/電離した状態となるので,アークジェットは解離/電離気体の基礎研究にも用いられ,また高エンタルピ気体であることを利用して電気ロケット推進の一つであるアークジェット推進機に応用されている。

 国内における最初のアーク加熱風洞は1963年航空宇宙技術研究所に設置され,次いで1964年京都大学にも設置された。しかし当時我が国には具体的な宇宙往還機の計画がなかったので,アーク加熱風洞は空気より専らアルゴン,窒素,ヘリウムを試験気体として,電離気体の基礎研究に用いられていた。その後1980年代後半になり,我が国独自の宇宙往還機の話が具体化されるとともに,航空宇宙技術研究所のアーク加熱風洞が750kWへ改修された。一方,宇宙科学研究所で小惑星サンプルリターンミッションMUSES-Cが立ち上がると,新たにアーク加熱風洞が導入された。その後,超高温材料研究センター(岐阜県多治見市)及び九州大学にも設置された。

図1 アークヒータノズル

 アークヒータにはノーマル型,Huels型,コンストリクタ型(分割式コンストリクタ型),MPD型があるが,図1にノーマル型のアークヒータを示す(このタイプのアークヒータには特に名称がないので,このように呼ぶことにする)。中心部に陰極を,ノズルを含む外側に陽極を配し,これら二つの極の間にアークが飛ばされる。左側から入ってきた試験気体はアーク放電場を通る際一部電離し,ジュール加熱により先ず電子の並進エネルギが高められる。次に試験気体が単原子気体の場合,電子並進ー重粒子並進の内部エネルギモード間のエネルギ交換により重粒子並進エネルギが高められる。また分子気体の場合,電子並進→分子振動,電子並進→重粒子並進および分子振動→重粒子並進のエネルギ移動により重粒子並進エネルギが高められる。このようにして高エンタルピ気体が生成される。この加熱機構は,分子気体の場合電子並進→分子振動→重粒子並進の順に励起されるので,衝撃波加熱のような重粒子並進→分子振動/電子並進の順に加熱される過程とは逆である。

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用語解説
流体力学方程式
マクスウェル方程式




























化学凍結流



並進温度
回転温度
振動温度
電子温度
6温度モデル
 アーク加熱風洞は衝撃波管や衝撃風洞に比べて長時間の安定した高温流れが得られるが,それをもってしてもなおアークジェットの性質(温度,速度,化学種密度)を同時計測することが困難であるという欠点もある。これらの欠点を補う方法としてノズル流の数値解析からアークジェットの性質を見積もることが有効な手段として考えられる。アーク加熱部からノズル出口までの流れはジュール加熱を受け,振動励起,解離/電離,内部エネルギモード間のエネルギ交換を伴う流れとなるので,その解析は基本的には流体力学方程式をオームの法則式およびマクスウェル方程式と連立させて行なえばよい。この解析はアルゴン,窒素,水素などをプロペラントとするアークジェット推進機で一部すでに行われているが,アーク風洞で用いられるような空気を試験気体とする場合には,多くの化学種と並進,回転,化学種毎の振動,電子の温度を含めなければならず,その数値解析には困難が生じるものと考えられる。そこでアーク加熱部からノズル出口まで,解離・電離した空気の熱化学的非平衡ノズル流の簡便な解析を試みることになった。

 図1に示すようにアーク加熱部@とノズル膨張部Aに分けてモデル化を行う。加熱部@で試験気体は瞬時に加熱を受け,熱化学的平衡状態となり,高温空気の11化学種 (N2O2NONONN2+O2+NO+N+O+e-)が生成されると考える。試験気体に注入されたアークエネルギηP (η=加熱効率,P=アークパワー)により試験気体の運動エネルギとエンタルピ(並進,回転,振動,解離,電離エネルギが含まれる)が高められるとする近似モデルと11化学種の化学平衡計算コードを用いてスロート出口(加熱後)の流れの諸量及び化学種密度等が求められる。

図2 エネルギ交換

 次に求められたスロート出口条件を境界条件としてノズル膨張部Aの数値解析が行なわれる。ノズル内では化学凍結流が仮定される。これは予備計算において化学反応はスロート下流で凍結していることがわかったためである。ノズル膨張で流れの特性速度が内部エネルギモード間のエネルギ移動速度と同程度のオーダあるいはそれより大きくなるので,内部エネルギモードに基づく温度は非平衡状態にあると考えられ,並進温度(Ttr),回転温度(Trot),振動温度(Tvib(N2),Tvib(O2),Tvib(NO)),電子温度(Te)から成る6温度モデルを採用する。図2にここで考慮した内部エネルギモード間のエネルギ移動を示す。このノズル流解析には熱化学的非平衡Navier-Stokes式が用いられる。

図3 ノズル軸上の温度分布

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 実験で用いられたノーマル型アークヒータノズルの形状(スロート直径 5mm,ノズル出口直径 100mm,ノズル半頂角15度の円錐ノズル)及び実験条件(流量 W=0.75g/s,アークパワー P=11.4kW,加熱効率η=30%)に対して解析が行われる。加熱部計算から求められた温度は3,140Kであり,N2及びO2の解離度はそれぞれ2.3%36%である。この条件をスロート出口条件としてノズル計算を行った結果を図3にノズル軸上における各温度の分布として示す。ノズル出口で並進温度410K,回転温度510KNO振動温度1,110KO2振動温度1,810KN2振動温度3,070K,電子温度3,060Kとなった。N2振動温度,電子温度はエネルギ交換のカップリングが強いため,殆ど同じ温度となっている。しかも他のエネルギモードとの間のエネルギ交換が十分に起こらず,高い温度のまま凍結していることが分かる。回転温度は並進温度と非平衡を保っているが,その温度差は小さい。またNO振動温度,O2振動温度は並進温度とかなり強い非平衡を示している。ノズル内では化学凍結を仮定しているため,ノズル出口の化学種の質量分率はスロート出口と同じである。

図4 ノズル流解析から得られた
  数値スペクトルと観測スペクトルの比較
図5 観測スペクトルに適合させた
   数値スペクトル       

 ノズル流解析から求められたノズル出口条件を安部隆士教授の下で開発されたスペクトル計算コードSPRADIANに用いて,340 - 480nmの発光スペクトルをもとめ,これを実験と比較した。図4に波長領域340 - 400nm,および400 - 480nm における発光スペクトルの数値解析と実験との比較を示す。同定されたスペクトルはこの波長範囲ではすべてN2+である。計算による結果は実験結果を再現できていないことが分かる。この原因として回転温度,振動温度が低く見積もられていることが挙げられる。スロート加熱部の計算によってノズル解析のための境界条件が決定されるため,スロート部での計算モデルの見直しが必要である。実際は中心付近(コア)の温度は壁面近くに比べてかなり高くなっていることが考えられる。本研究のモデルでは温度は加熱部で半径方向に一定として求めているが,断面において温度分布を考慮した現実的なモデルを考える必要がある。加熱部の壁面で温度300K,軸上で6,000Kとなるような半径方向の温度分布を考え,残りの状態量(密度,圧力,速度)を求め,ノズル流計算をおこない,得られたノズル出口データを用いてスペクトルを求め,実験と比較したが,両者の一致は満足できなかった。

 そこで実験スペクトルにフィットする数値スペクトル(図5)の温度を求めたところ,回転温度4,000KN2振動温度7,000Kが得られた。実験とは340 - 400nmの広い範囲にあるN2+の特徴的なスペクトルについてかなりよい一致をしていることが分かる。よって,回転温度,振動温度についても計算では低く見積もっていることが分かる。この結果はアーク加熱のモデル化が,ここで提案する熱化学的平衡モデルではなく,非平衡加熱モデルによらねばならないことを示唆している。気体がアーク加熱を受ける過程は,ジュール加熱→電子並進→振動→重粒子並進/回転と考えられるが,振動→重粒子並進のエネルギ移動が十分行われないで,振動温度が重粒子並進温度より高い状態のまま,加熱部を通過していくと考えられる。ここではN2+のスペクトルについてのみ議論しているが,アークジェットでNON2のスペクトルも観測できるので,これらの結果と併せてアーク加熱機構について議論する必要がある。

(にしだ・みちお) 


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