No.236
2000.11

<研究紹介>   ISASニュース 2000.11 No.236

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用語解説
コンプトン散乱






スペクトル・バンプ










コーディッド・マスク

InFOCuS:
 スーパーミラー硬X線望遠鏡を用いた気球観測プロジェクト

名古屋大学大学院理学研究科 田 原 譲  



 ASCA衛星などと同じような宇宙の撮像分光観測が数10keV(キロ電子ボルト)の硬線領域でもできるようになろうとしています。InFOCuS(InternationalFocusingOpticsCollaborationforμCrabSensitivity)と呼ばれるプロジェクトでは,スーパーミラー硬線望遠鏡という最新型の望遠鏡を搭載した気球による観測が,来年夏にアメリカで予定されています。ここではあと半年あまりにまで迫ってきたこの計画とその準備状況について御紹介したいと思います。


1.硬線望遠鏡

 アインシュタイン衛星やROSATなどに搭載された線望遠鏡は2〜3keVまでの線に対して可視光同様集光撮像のできる望遠鏡で,それまでの視野を限るコリメータと検出器だけの非撮像型観測装置に対して飛躍的に高い感度の観測装置として登場しました。これに対して特に6〜7keVの鉄の輝線をカバーする望遠鏡を搭載した線衛星としてASCA衛星が93年に登場し,さらにその後継機として(残念ながら軌道投入できなかった)ASTRO-E衛星が今年2月打上げられました。

 こうして次第に撮像観測のできる線のエネルギーは上がってきましたが,10keVを越える線に対しては,これまでの延長の製作方式(全反射斜入射光学系)は通用しなくなってきました。それは斜入射角が小さくなりすぎるためです(たとえば40keV線に対するプラチナ鏡面の全反射の臨界角は0.1°)。

 そこで登場してくるのが多層膜スーパーミラーです。これは人工的に作った重元素と軽元素からなる薄膜層構造(人工一次元結晶)による線のブラッグ反射を利用したもので奥行き方向に数nmの層厚を徐々に変えブラッグ反射のエネルギー帯を広げた硬線に対する新しい反射鏡です。


2.硬線領域の本格的宇宙撮像観測

 それではこのような新しい硬線望遠鏡によって宇宙のどんな様子が見えてくるかを概観しましょう。まず硬線領域はいわゆる熱的放射から非熱的放射が支配的になってくる移行のエネルギー帯であるため,それぞれの成分の割合を正確に評価できるようになり10keV以下の領域における放射過程も明確になってくることが期待されます。またコンプトン散乱や核ガンマ線の最低エネルギーとしての硬線が顕著になってくる領域でもあります。したがって特に超新星残骸における核ガンマ線(44Ti67.9keV,78.4keV)やSN1006のような宇宙線加速サイトの検出,銀河団における非熱的成分の検出など拡がった硬線源の観測には撮像機能がフルに活かされるものと考えられます。また点源に対する感度の向上は一般に活動銀河核(AGN)検出の感度を高め,銀河団中のAGNの存在や,宇宙線背景放射における硬線領域のスペクトル・バンプの起源などの解明につながることが期待されます。


3.InFOCuSプロジェクトとその特徴

 このプロジェクトは私たち名古屋大学と,宇宙研,NASAゴダード・宇宙飛行センター(GSFC)などが中心となって4年前から行っている国際共同研究で,名古屋大学のグループが中心に研究・開発を進めてきた多層膜の技術と,GSFCのフォイルミラー製作や硬線検出器の技術を合体させて,上に述べたような硬線領域での宇宙線源に対する高感度集光撮像観測を行おうとするものです。

 このプロジェクトの最大の特徴は,世界で初めて硬線に対する反射集光結像系が使われるという点です。これまで硬線の像を得るにはコーディッド・マスクやスダレコリメータなど線をブロックして空間情報を引きだし,これを再合成して像を得るという方法しかありませんでした。これに対して我々は後述する多層膜スーパーミラーによって,いわば「普通」の意味の望遠鏡を硬線に対して実現したのです。

 これにより直接宇宙の硬線像が得られるだけでなく,「集光」系であるため検出器が小さく,検出器ノイズが減るとともに,角分解能に相当する背景線源の混入ノイズも減って線源の検出感度を飛躍的に高くしました。

 気球観測はこのような新しい硬線望遠鏡が本当に宇宙観測に使えることを実証し,さらに将来の汎用硬線天文台に必須の観測装置として位置づけられることをねらっています。

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4.InFOCuSの光学系,ゴンドラ,検出器

 来年夏の最初のフライトに用いられる予定の望遠鏡光学系,ゴンドラ,それに焦点面検出器の諸元を表1に示しました。


 表1.望遠鏡 
 InFOCuS  ASTRO-E(参考) 
 焦点距離  8m  4.75m 
 観測エネルギー帯  20-40keV  0.5-10keV 
 直径  40cm  40cm 
 有効面積  100cm2  250cm2(@7keV) 
 視野(半値幅)  10分角  20分角 
 角分解能(HPD)  2分角(目標1分角)  2分角 


 表2.ゴンドラ 
 姿勢安定度  ±5秒角 
 姿勢制御精度  <15秒角 
 姿勢決定精度  1秒角 
 望遠鏡 - 検出器間
 位置決定精度 
 40μm 
 電力  300W 
 重量  1500kg 


 表3.焦点面検出器 
 種類  CdZnTe 
 大きさ  25 x 25 x 2mm 
 ピクセル  380μm 
 アクティブ・シールド  2.5cm厚CsI 
 コリメータ視野  10°(半値幅) 
 検出効率  100% (20-40keV) 
 エネルギー分解能  5keV(目標2keV) 
 バックグラウンド  7.8 x 10-4counts/s(HPD内部) 


 望遠鏡は外見的にはASTRO-Eのそれとうり二つです。というのもInFOCuS線望遠鏡は,ASCAASTRO-E同様極端な斜入射光学系で極めて薄い基板のレプリカ・フォイル・ミラーを用いるからです。ただしASCAASTRO-Eに比べ平均の斜入射角は更に小さくする必要があり,ASTRO-Eと同じ口径でありながら焦点距離は8mになっています。

 観測エネルギー帯は気球高度約40kmに対応して下限20keV,また多層膜の成膜の容易さを考え最初のステップとしては上限を40keVに設定しました。

 多層膜スーパーミラーの線反射率を考慮した有効面積は100cm2,また望遠鏡の視野は半値幅で10分角ASCAASTRO-Eよりかなり狭くなっていますが,これは観測エネルギー帯の平均の線(30keV)に対する全反射の臨界角(Ptで約0.15°)にほぼ対応しています。

 現在使う予定の望遠鏡の角分解能は2分角(HPD:点光源からの線の半分が入る角度広がりの直径)でASTRO-Eと同様ですが,最終ゴールとして1分角以下にしたいと考えていますが,このプロジェクトの難しい課題の一つです。 ゴンドラ(図1)はメートルの焦点距離を確保するために巨大なものになります。また焦点面検出器は最近急速に進歩してきた位置検出型のテルル化カドミウム亜鉛半導体検出器(CdZnTe)で,気球フライトでは全体が大気圧の容器の中に納められた状態で用いられます。この検出器については大気起源のバックグラウンド・データを得るため,検出器のみを搭載した気球実験がこの夏に行われています。


図1 InFOCuSプロジェクト:  
   気球観測のイメージ図(ゴンドラ)


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用語解説
マンドレル
スパッタリング装置

5.硬X線望遠鏡の製作

 多層膜スーパーミラーの製作工程を簡単に説明しましょう。この工程はレプリカ・フォイルミラーの製作と多層膜スーパーミラーの成膜のつに大別できます。成膜についてはレプリカ・ミラーの製作後これにコーティングする場合と,レプリカ・ミラーの製作工程の中に組み込んで行う場合(これを直接レプリカ法と呼んでいます)の二つの方法があり,現在は前者の方法をとっていますが今後メリットの大きい後者の方法に移行する予定です。


図2 レプリカ・フォイルミラー用  
   アルミ基盤熱成形工程


 まずフォイルミラーの基板となる厚さ0.15mmのアルミ板を円錐展開形状となるよう専用装置で上下の外周を切り出し,さらに円錐の熱成形用マンドレルを用いて熱成形します(図2)。レプリカ用ガラスマンドレル(円柱)の表面にはスパッタリング装置を用いてプラチナと炭素の多層膜を成膜します。成膜装置はDCマグネトロン・スパッタリング装置2台を用いており,いずれもフォイルミラー内面やマンドレル外面への均一な成膜のためにマスクパターンと回転動作を利用しています(図3図4)。成膜されたマンドレルおよび成形されたフォイル基板はともにスプレー装置でエポキシ樹脂が塗布され(図5),真空容器内で圧着後,恒温槽内で硬化させます(50℃8時間)。こうしてでき上がったのが図6に示された多層膜スーパーミラーの鏡面を持つレプリカ・フォイルミラーです。


図3 多層膜成膜装置  
(対向ターゲット型DCマグネトロン・スパッタリング装置)


図4 多層膜成膜装置  
(DCマグネトロン・スパッタリング装置)


図5 レプリカ用マンドレルヘの  
   エポキシ樹脂塗布工程


図6 白金・炭素多層膜スーパーミラー表面を持つ  
   レプリカ・フォイルミラー         


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6.スーパーミラーのデザインと成膜の実際・性能評価

 最初のステップとして目指す20〜40keVのエネルギーをカバーするスーパーミラーとして,どんな多層膜を成膜するか,その物質(重元素,軽元素),周期長とその奥行き方向への最適分布などは,多数の多層膜の試作と予想反射率の計算機シミュレーションをもとに決めました。InFOCuSの望遠鏡では半径の異なる255枚の共焦点ミラーがありますが,多層膜のパラメータとしてはこれを半径の近い13のグループに分けそれぞれに,周期長と層数の組みを決めています。多層膜物質は白金と炭素で周期長は2.9〜9.0nm,層総数は最内側・最外側のミラーに対してそれぞれ15および60層になっています。私たちのグループで担当するスーパーミラーの製作枚数1020枚の内,現在までに約1/4の製作が済んだところです。作られたスーパーミラーの性能評価は,単一エネルギーの線に対する反射率の角度依存性と実際に用いられるエネルギー範囲での反射率のエネルギー依存性の測定により行われています。これまでのところ目標の80%の有効面積が得られるような単体のスーパーミラーの反射率が得られています。


7.今後の進め方

 当面は来年夏のフライトに向けて引き続き多層膜スーパーミラーの製作を進めるとともに,8mX線ビームラインの整備とこれを用いた望遠鏡としての総合的性能評価を行う予定です。また65〜80keVのエネルギー帯をカバーする第ステップのフライトに向け多層膜スーパーミラーのデザインや成膜工程の確立,それに望遠鏡角分解能の一層の改良も進めていく予定です。

 多層膜スーパーミラーの原理的な説明については1999年7月ISASニュース「宇宙を探る」欄にも書きましたので併せてごらん下さい。また私たちの研究室のホームページ http://www.u.phys.nagoya-u.ac.jp/index.html でも関連情報がごらんになれます。

(たわら・ゆずる) 


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