No.229
2000.4

<研究紹介>   ISASニュース 2000.4 No.229

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自由電子レーザ

水 野 貴 秀  



 「自由電子レーザ」という耳慣れないレーザの名前に惹かれて,修士の学生として齋藤宏文先生(当時助教授)を訪ねてから12年が経ちます。ここでは,我々が宇宙科学研究所の特殊実験棟階のプラズマ実験室で行っている自由電子レーザの研究についてご紹介します。

 一般的に利用されているレーザ(量子レーザ)は,強度,単色性,指向性に優れているが,波長選択に限界がある。すなわち,レーザ発振波長は原子・分子などのエネルギー準位間の遷移に基づくため基本的に固定である,という弱点を持っている。その中で,自由電子レーザ(Free Electron Laser)は,発振波長が可変という他レーザにない特色を持っている。

 自由電子レーザは,相対論的エネルギーをもつ電子と電磁波を相互作用させることによって電子の運動エネルギーを電磁波エネルギーに変換し,コヒーレントな電磁波を発生させる装置である。量子レーザと異なり,原子や分子などのエネルギー準位に束縛されない「自由」な電子を用いることが,この名の由来である。電子の運動エネルギーを電磁波のエネルギーに変えるという発想は決して新しいものではなく,レーダやマイクロ波通信に広く使われているクライストロン,進行波管,マグネトロン等に代表される電子管(真空管)と共通しており,広い意味で自由電子レーザは電子管の仲間である。

 自由電子レーザの発想は1971年J.M.Madeyによってなされ,1977年には波長3.4μmの赤外自由電子レーザの発振に成功した。“Free Electron Laser”の命名も彼によるものである。これ以降,自由電子レーザに対する関心が急速に高まることになり,現在では紫外光領域からマイクロ波領域までさまざまな波長での発振が確認されている。自由電子レーザの概念図を図1に示す。自由電子レーザの主な構成要素は,電子を相対論的な速度(光速に近い速度)まで加速するための加速器,電子に周期的な蛇行運動をさせるためのウィグラ磁界,電磁波エネルギーを蓄える共振器である。加速器で相対論的な速度に加速された電子ビームを,ウィグラと呼ばれる周期磁界に入射すると,電子は磁界に垂直な方向にローレンツ力を受けて蛇行運動をする。電子の周期的な運動と電磁波が共鳴的な相互作用をしてコヒーレントな電磁波へと成長する。

図1 自由電子レーザ概念図

 図2に電子が経験する電磁波の電位を高低差に置き換えた図を示した。いま読者が光速で伝搬する光に乗って後ろを向きながら,やや速度の遅い電子の動きを観察しているとする。その場合電子は当然どんどん後ろの方へと運動していくのを観測するはずである。図2では伝搬方向の傾きは無視し,伝搬方向に垂直な方向の傾きだけに注目していただきたい。電子が外部磁界(ウィグラ)によって振動運動を受け,図2に示すような光の場と調和するような正弦波的な経路をたどったとすれば,x方向には常に電子(a)は常にポテンシャルの坂を上り続けることになり,電子は減速され続けることになる。すなわち,光のエネルギーが増大することになる。位相がπずれている電子(b)は逆に加速されることになるが,電子の加速位相での滞在時間は減速位相での滞在時間よりも短いため,減速位相に滞在する電子の数が相対的に多くなり,電子ビームから光へエネルギーの変換が起こる。

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図2 光の系で見た電子の動き

 このような原理から,ウィグラ磁界の周期長や電子のエネルギーを変化させることによって,発振波長を変えることができる。理論的にはマイクロ波から軟X線にいたる極めて広い波長領域での動作が可能である。また,自由電子レーザの発振は自由空間中で行われるために,従来の量子効果デバイスの問題点であるレーザ媒質に起因するレーザ出力の制限がなく,高効率,高出力化が理論的に可能である。

 一方で,自由電子レーザは電子を相対論的速度まで加速する巨大な加速器を必要とするなど,設備にコストがかかるため他レーザあるいは電子管で出せる波長領域では,これらとの競合に勝つことができない。例えば,自由電子レーザで赤色光を出したとしても「数億円かけてHe-Neレーザを作った」といった誹りを受けかねない。現在では自由電子レーザの研究の主流は他レーザで出すことのできない,軟X線領域と遠赤外・サブミリ波領域に絞られつつある。このような状況の中で,我々の研究室では,低いエネルギーの電子を使用することで加速器の小型化し,短い周期のウィグラを使用する事でウィグラの小型化を図りながら100GHz以上の短ミリ波サブミリ波領域で出力数Wの発振を目指して研究を行っている。

 実験装置の概略図を図3に示す。電子はエキシマレーザ(KrF:248nm)の紫外パルス光(20ns)を銅カソードに照射することによって光電効果で取り出され,加速管によって最大1MVまで加速される。ステアリングコイルによって方向を制御され,フォーカスコイルによって集束されてウィグラ磁界へ入射される。集束された電子ビームは1.5Aでビームウェストは約1mmである。

図3 実験装置概観

 加速管は図4に示すように,42枚のドーナツ型のチタン電極(厚さ1mm)がドーナツ型のセラミック絶縁体(厚さ9mm)で仕切られた構造をしており,各々の電極は8GΩの抵抗で分割され,数μAの電流を流すことによって電位を1段あたり約20kVに分割し,均一な電位勾配を形成している。標準的には電位勾配は10kV/cm以下であるが,我々の加速器は電極構造の工夫などにより,20kV/cm以上を実現して小型化している。

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図4 加速管

 ウィグラはNe-Fe-B系永久磁石(残留磁束密度1.24T)で形成されており,全長248mm,周期長8mm,周期数25,磁石ギャップ3mmのとき中央における磁界は0.64Tである。図5にウィグラの写真を示すが,通常サブミリ波領域で動作する自由電子レーザのウィグラは数mあることと比較すると非常に小型のウィグラである。最後に共振器であるが,磁石ギャップとウィグラの全長を考えると100GHzで光学的な共振器を組むことは困難であるため,導波管を使用した共振器としている。反射鏡には電子ビームを通過させ,かつ電磁波を反射させるため,図6に示すような導波管壁に回折格子を付加したブラッグ反射器を設計製作した。ブラッグ反射器の格子周期2.1mm,周期数10で,周波数幅7GHz,電力反射率0.9で設計されている。この反射器を両端に使用することによって,2000程度のQが得られる。

図5 ウィグラ      図6 ブラッグ反射器    

 以上自由電子レーザと我々の実験装置を紹介してきましたが,100GHz以上で安定して発振させることができれば,短ミリ波サブミリ波領域の自由電子レーザとしては画期的に小さなものとなります。今後は,出力光を使った応用実験まで発展するよう努力するつもりです。

(みずの・たかひで) 


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