No.222
1999.9

<研究紹介>   ISASニュース 1999.9 No.222

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未知剛体の自由回転運動の推定

大阪大学大学院基礎工学研究科 宮崎 文夫・升谷 保博  

1.はじめに

 私たちの研究室では宇宙ロボットの基礎技術について研究を続けているが,その念頭にあるのは「宇宙ロボットにおける本質的な課題は何か?」という問いである。その一つが「浮遊物体の運動認識」である。

 ロボットマニピュレータで何か作業を行うために,画像などのセンサ情報に基づいて,その作業対象の物体の位置や姿勢あるいは運動を認識する状況を考える。地上の場合とは異なり,宇宙では,空間に浮遊して3次元的に運動している物体も扱わなければならない。対象を剛体に限定しても,その回転運動は回転軸が時間的に変動する複雑なものである。

 宇宙空間における物体の位置や姿勢の推定の問題を扱ったこれまでの研究の多くは,ロボットの作業対象を人工衛星などのように既知の物体であると想定して,画像から抽出された特徴量をあらかじめ持っているモデルと照合したり,既知の慣性パラメータに基づくカルマンフィルタを用いている。しかし,そのような方法は,デブリのような未知の物体を扱うには役に立たない。多様な活動を行う自律的な宇宙ロボットを実現するには,形状パラメータや慣性パラメータが全く与えられていない未知物体に対しても,画像などの情報から位置や姿勢や運動を推定・認識し,さらに未来の値を予測する技術を確立する必要がある。

 このような背景の下で,私たちは,無重力下で自由運動する未知の剛体の観測データから運動を推定する二つの手法を提案した。本稿では,その問題設定と考え方を簡単に紹介する。

2.剛体の自由運動

衛星軌道における剛体の回転運動は,外力モーメントが作用しないオイラーの運動方程式を用いてモデル化できる。その解は,自由運動の場合でも,一般には楕円関数で表される扱いの面倒なものになるが,一方で,これを幾何学的に解釈することが可能である(図1)。中心が空間に支持され,物体座標系とともに動く“ポアンソーの楕円体”が,空間に固定された“不変平面”に接して滑らずに転がっている状態で,楕円体の中心から接点へのベクトルがその瞬間の角速度に,平面の法線方向が角運動量ベクトル(一定)の方向に一致する。


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 よく知られているように,剛体のつの主慣性モーメントのうちつが等しい場合(軸対称)には,解は簡単になり,別の幾何学的な解釈として,空間に固定された円錐の周りを物体とともに動く円錐が滑らずに転がっていると表現できる。これは,別の見方をすれば,2軸の等速回転運動の重ね合せである。

3.推定手法

 前節で述べたような剛体の自由回転運動を観測データの時系列から推定することを考える。ただし,対象の剛体の形状や質量分布は一切わかってないとする。このような状況では,未知パラメータが多いため,カルマンフィルタのようなオンライン推定は難しいと思われる。そこで,時系列データを蓄えてからオフラインで推定を行う方法を考える。

3.1角速度の時系列に基づく推定

 対象物体を撮影した画像の時系列に基づいて運動を推定する場合,相手が未知では,隠れなどのために特定の特徴点を長時間追いかけることは不可能である。このため,時系列で隣り合う画像間の特徴点の対応だけを用いることにする。2枚の画像間の特徴点の対応から,剛体の形状や運動を推定するという問題は,コンピュータビジョンの分野で古くから研究されている。そこで,その成果を利用し,隣り合う画像データからその間の剛体の3次元的な回転成分を抽出し,さらに,その差分近似で得られる慣性座標系における角速度ベクトルの時系列を求める(図2)。この時系列から,オイラーの運動方程式の解を決めるパラメータを推定する手法を開発した。


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 オイラーの運動方程式の解の角速度ベクトルは,慣性座標系では単純な周期性を有しておらず,そのままでは扱いにくい。そこで,角速度ベクトルの先端が不変平面上にあるという性質と,角速度ベクトルの大きさが比較的簡単な周期関数で表現できるという性質を足掛かりにして処理を行う。推定結果として得られるのは,つの時定数と,剛体の姿勢を表現するのに都合の良い中間座標系である。これらを用いると,剛体の主慣性軸方向の変化を時間の関数として表現できる。つまり,回転運動の予測が可能である。

 提案した手法の有効性を確認するために,画像の解像度を考慮したシミュレーションを行った。その一例として,画像より抽出された角速度ベクトルの大きさの時間変化を図3に示す。これらから運動を推定した結果として,剛体の慣性主軸のうちの一つの軸の方向余弦の時間変化を図4に示す。また,様々な質量分布や運動条件に対して系統的にシミュレーションを行ったところ,広い範囲で本手法が使えることがわかった。



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3.2剛体上の1点の位置の時系列に基づく推定

 角速度の時系列に基づく推定では,位置情報の差分を用いるために,原理的に観測データに含まれる誤差に弱い。また,一般的な剛体運動を厳密に想定しているために処理が複雑である。

 そこで,全く別の想定として,剛体上のある1点3次元位置の時系列が得られる場合を考える。例えば,物体にマーカを付着させ,それを複数のカメラで継続的に追跡して,3次元座標を算出できるような場合である(図5)。運動のモデルとして,等速回転する軸が直列に結合した系を用いる。軸対称の剛体の自由回転運動は,このモデルで完全に表現することができる。また,一般的な剛体の場合も近似的に表現することを試みる。


 等速回転運動の重ね合せによって生じる点の運動をフーリエ変換すると,各軸の回転周波数自身とそれらの加減算の組み合わせからなる周波数に線スペクトルが現れる。ただし,異なる組み合わせが同一の周波数に重なる場合もあるため,観測できるスペクトルのピークの数は,1軸1,2軸2〜43軸6〜13となる。

 抽出された線スペクトルから推定を行うにあたって重要な問題は,軸の周波数の組み合わせとそれぞれの線スペクトルとの対応の決定である。この問題に対して,剛体の運動の場合は回転軸が1点で交わっていること,剛体の運動は3軸回転までで近似できると考えて軸数を以内に限定することによって,ピーク周波数が重なる場合も含めて対応を決定する手順を明らかにした。推定結果として得られるのは,運動モデルの各軸の方向と周波数である。

 シミュレーションによって開発した手法の有効性を検討したところ,軸対称の剛体の場合は,観測データに10%程度の誤差が含まれていても,データ数が多ければ推定が可能であることがわかった。一方,非対称な剛体の場合の処理の一例を図6に示す。この場合は,厳密には等速回転運動の重ね合わせとして表現できないので,スペクトルには多数のピークが現れるが,その中から13本のピークを選び,3軸等速回転の重ね合わせとして処理を行い,推定されたパラメータに基づいて計算された点の位置と真値の時間変化の一部を示した。この例とは異なり,2軸の等速回転の重ね合わせとして近似する方が適当な場合もあり,系統的かつ定量的な評価は今後の課題である。

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4.おわりに

 本稿では,私たちの提案する未知剛体の自由回転運動の推定手法について簡単に紹介した。今後は,提案した手法とオンラインの推定を組み合わせて用いることを検討したい。また,推定結果を宇宙ロボットの作業計画に活かす研究を進めていくつもりである。

(みやざき・ふみお,ますたに・やすひろ)

<参考文献>
1) Y. Masutani et al,“Estimation of general 3D motion of unknown rigid body under no external forces and moments”, J. Advanced Robotics, Vol.9, No.6, pp.675--691 (1995).

2) H. Hirai et al,“Motion estimation of an unknown rigid body rotating freely in zero gravity based on complex spectrum of position of a point on the body”, Proc. IEEE Int. Conf. on Robotics and Automation '98, pp.907--912 (1998).



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