No.222
1999.9

ISASニュース 1999.9 No.222

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空力シリ−ズ 第4回

空力屋の悪夢

稲谷芳文  

 「次の時代の宇宙輸送システムに関わる空力的課題について記せ」と言うことですが,前回までに鈴木先生をはじめ宇宙に飛び出したり,宇宙から地球に飛び込んだりするときの流れや,飛んでいる物体の表面で起きることの複雑さについて空力屋が取り組んでいることは既に述べられました。多少重複しますが許してください。地球周回や惑星突入などの高速での流れではそのエネルギが気体を構成する分子や原子の励起状態を変えてしまうほどであることが,遅い流れと比べて異なり,いわゆる理想気体としての扱いができなくなることが本質的な違いの一つです。我々が学校で勉強した流れは殆どがこの理想気体についてのモノで,流れに対する常識やイメージも日常的に身の周りで起きる流れや,これらの知識に基づいています。下に示したのは私の好きな写真の一つですが,極超音速で飛んでいる物体の周りの流れの様子です。衝撃波が空気を切り裂いて飛んでいる様子がよく分かります。物体はロケットでもスペースプレーンでも何でもよいのですが,この衝撃波と物体の前側の間の狭い領域で先ほどの流れを構成する分子が励起され,解離から電離,さらに再結合,物体表面との反応などの複雑な反応が気体が流れ去るのと同じ程度の早さで起こります。物体の後ろは渦が巻いているのが分かりますが,これはモノに引きずられて動くのでここの流れは周りに比べれば大変ゆっくりですから,全体としてみると非常に速い流れと遅い流れが同居していることになり,この意味でも扱いの面倒なことが多いのです。渦といえば物体の前面でも場合によっては乱流への遷移という理想気体のときでも予測の難しいことが起きます。本質的に流れの持つ非線形性の現れは足し算しかできない凡才の直感の外です。最近のジャーナルで過去の遷移の実験データを総ざらえしている若い人がいましたが,乱流遷移の問題は理屈を重ねて,と言うより博物学の範疇になったかの感がしました。ややこしいこととか面倒なことを得意とするのがいわゆる計算機屋さんで,理想気体の場合ならモノの形が複雑だとかいうだけで済むのですが,今のように気体を構成する分子や原子の励起や化学反応も化学屋さんや熱力屋さんや分子原子屋さんが提供してくれるデータをいっぱい集めてプログラムに放り込んでと言うことで,なんだか計算してくれます。圧力とか加熱量とかマクロな量はだいたいあっているようですが,計測道具がよくなったので実験で励起状態を測って計算と比べてやろうなどと欲を出すと,途端に無限にある励起状態などのミクロな状態量やこういう計算では表現できていないことの洪水になって,「何だか少しも分かったような気がしないなー」と言うところで止まってしまいます。分かった気がするまでやることと,設計として必要な了解の仕方をどの程度のことで折り合いをつけるかが問題で,この経験が絶対的に不足です。

 閑話休題,これまでのロケットではだいたい空気相手の難しいことは避けて早く空気の外にでることが空力屋の仕事でした。最近でこそ再突入という地球へ帰ってくるカプセルの仕事などもボチボチとありますが,ロケットの現場では「ここちょっと隙間あいてるけどどうする?」「ちょっとパテでも埋めてきれいにしとけや。」などという会話がまかり通ります。飛んだ後にどんなにぼろぼろになっても衛星さえ切り離してしまえばそれこそボロは出ません。将来の輸送システムでは帰りだけでなく行きの意味でも外の空気を使って酸化剤にするとか,ロケットの性能をぎりぎりに引き出すために,と言うことで積極的に空気を利用することが求められています。ましてやいわゆる再使用などと言って帰ってこないことが前提の仕事ではなくなってしまいます。帰ってこない使い捨てロケットだからこそのいい加減さでボロを出さずに給料泥棒をしていたような空力屋は,本格的な地上と宇宙を何回でも往復する将来型のシステムではきっと失業するでしょう。空気を利用するにはまず相手のことをよく知ることが肝要ですがさっきのような難しさです。空力屋の腕は追いつくでしょうか?かといって再使用にでもしないと世の中は変わらないし・・。

 眠れない夜が続きます。

(いなたに・よしふみ)


写真;LUCASIEWICZ “Experimental Methods of Hypersonics”
               Dekker Inc. New York,1973 より 


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