No.202
1998.1

<研究紹介>   ISASニュース 1998.1 No.202

- Home page
- No.202 目次
- 新年のご挨拶
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber

宇宙の極限環境への挑戦 −九州工業大学SVBL−

   九州工業大学  陣内靖介


◆はじめに

 近年米国では情報関連分野を中心とした先端技術の目覚しい発展が主に若い技術者,研究者が起こしたベンチャー企業によって進められています。我が国でもこのようなベンチャー企業を起こす人材の育成のための施設として平成7年国立大学にベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(VBL)の設置が決定され,その公募が行われました。さらに同年サテライト・ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー(SVBL)が追加公募されました。
 九州工業大学では1995年4月工学部設計生産工学科に宇宙工学講座(教授3,助教授3,助手3)が設置された背景もあって宇宙に関心の深い教官でチームを作り,「極限環境対応型機械の基盤技術に関する研究開発」というテーマでSVBLに応募し,その設置が認められました。
 1996年11月末工学部キャンパス内に建物が竣工し,数ヶ月後に隣接して竣工した機器分析センターと合同で1997年9月29日記念式典と宇宙科学研究所松尾弘毅先生の「我が国の月・惑星探査」と題した記念講演および両施設の見学会などが行われました。
 宇宙は「極限環境対応型機械」の代表的かつ重要な適用領域と考えられます。極く限られた範囲ですが,九州工業大学のSVBLは宇宙の開発や利用に必要と思われる基盤技術に関する研究開発をターゲットにスタートしました。ここにその概略を紹介いたします。


◆教育研究

 本学のSVBLの目的は他大学のVBLと同様“独創的な研究開発”と“創造的人材の育成”にあります。この目的の達成のため,17名の教官が招聘外国人研究員2名と非常勤研究員6名の協力を得て主に大学院生を対象に20件のプロジェクト研究を行っています。また,1998年度から大学院生を対象に新たに4件の公募研究をスタートさせる計画です。これらの研究は全て達成期限を3年とし,毎年公開報告会を開いて,その推進と評価を行う予定です。
 教育研究は4分野に分類され,各分野の研究テーマとその内容はおよそ以下の通りです。

(1)先端機能材料

超真空対応トライボ材料開発装置 

 この分野では超高真空や高放射能のような極限環境においても高信頼性と高性能を発揮できる機械要素や材料,または微小重力のような特殊環境を利用した材料開発に必要な技術に関する研究を行います。具体的な研究テーマは

- Home page
- No.202 目次
- 新年のご挨拶
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber
a)自己潤滑機能材料
b)機能性窒化膜
c)高温プロセス利用高機能材料

 流体による潤滑手法が採用できない宇宙のような高真空下でのトライボ問題は材料自体の特性に依存するなど地上とは異なる対応が必要です。研究a)では連続成分分析可能な高真空往復摺動試験装置を用いて自己潤滑現象の安定発現条件を調べ,高真空という環境を逆に利用した自己修復機能を持つ新しいトライボ材料開発のための基礎の確立を目指しています。b)は高硬度で高温酸化特性の良い複合窒化膜の開発を,c)はシリコン融液を対象に表面張力の温度・不純物依存性を調べ,マランゴニ対流の解明を目指した研究です。

(2)軽量化輸送システム
 超軽量構造材の加工法,大型真空/減圧室を用いた新しい高高度・高速輸送法,高速ターボ機械の研究等輸送コストの低減化や未来の輸送・搬送システムの創造に必要な基盤技術の研究を行います。今のテーマは

a)マスムーブメントコンベヤ
b)水平管における粉流体の低速空気輸送
c)乱流制御に関する基礎および応用研究
d)高速ミニ・ターボポンプの高性能化
e)ディフューザポンプの動静翼干渉による脈動
f)特殊環境下での燃焼
g)YAGレーザーによるセラミック材料の加工
h)金属材料のレーザー溶接
i)レーザー溶接利用の欠陥検出自動化システム

 低圧燃焼実験装置

 冒頭のa)は無重力下での粉粒体のハンドリングに関する基礎研究,c)とd)は宇宙機等の熱制御用小型ポンプ,e)は推進剤圧送用等の高圧高速ポンプの高性能化に関する研究です。f)は次世代高速用推進機候補のスクラムジェットエンジンの燃焼に関する研究で,流入路中に発生させたアーク放電を利用した超音速・低温燃焼の着火・保炎の向上が当面の目標です。h)では大出力YAGレーザーを利用したチタンやステンレス等の薄板構造体の変形の少ない溶接・加工法の開発を,i)ではレーザ溶接機を熱源に利用して溶接部の欠陥を瞬時に検出する自動システムの開発を行っています。

(3)柔軟構造系制御システム
 宇宙構造物は打上げ重量の制約から必然的に軽量かつ柔軟なものになり,しかも自分を支える地面のような固定点を持たないために,その動解析や制御には固有の難しさがあります。部品等も軽量化,高性能化のためにしばしば複雑かつ効率的な機械加工が要求されます。各種の作業ロボットや工作機械も高速化・精密化を追求していくと柔軟構造物としての取扱いが必要になります。このような問題を取扱う分野で,関連したテーマとして

- Home page
- No.202 目次
- 新年のご挨拶
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber
a)柔軟宇宙構造物のダイナミクス及び制御
b)水中ロボットの力学と制御
c)宇宙ロボットの力学と制御
d)柔軟ロボットの制御
e)VRによる融合空間の生成と応用
f)複雑形状及び軽量難削材の機械加工

テザー衛星用試作リール 

 研究a)では開発した柔軟多体構造物漸化型動力学定式化法を用いてテザー衛星の動特性や軌道の最適化制御についての数値解析とテザー衛星用リールの試作を進めています。b)とc)は宙に浮いて作業するロボットの制御法の開発です。特に後者は複数の自律型宇宙ロボットによる物体のハンドリングシステムのシステム構成法と制御法の確立を目指しています。d)はアームや関節の柔軟性や非線型性を考慮した振動抑制効果の高いロボット制御法の研究です。 航空・宇宙機器にはチタンのような軽量高強度難削材料を用いた複雑な形状の部品が少なくありません。f)は各種数値シミュレーションに基づく多目的最適化の観点から,多軸制御工作機械による複雑形状精密加工のための工具経路生成法の開発に取り組んでいます。

(4)閉鎖系生体維持システム
 宇宙ステーションのような閉じた空間内で生命を維持するためのエネルギーと物質収支をバランスさせるシステムや超高速で衝突するスペースデブリのような外界の障害からその空間を防護する方法などの開発を目的とし

a)反応を利用した閉鎖生態系生命維持装置
b)耐衝構造に関する基礎実験

超高速衝突実験装置 

の研究を進めています。
 宇宙に構築される閉鎖系内の空気を浄化する方法は再生が容易で半永久的に使用できる必要があります。
 a)では固定化チタニア光触媒を使って,たとえば,アセトアルデヒドのような閉鎖生態系の大気中に含まれる有害物質の連続分解実験を行って,その分解特性と性能向上について検討しています。
 b)は今後の宇宙活動を続けていく上で深刻な問題になりつつある,これまでの宇宙開発の結果生じた宇宙ごみ space debris への対策に関する研究です。宇宙ごみと宇宙機器との超高速衝突(7km/s)の地上模擬実験と分子動力学を用いた衝突破壊現象の数値シミュレーションを行って,宇宙ゴミの超高速衝突に耐えられる軽量構造物の開発を目指しています。


- Home page
- No.202 目次
- 新年のご挨拶
+ 研究紹介
- お知らせ
- ISAS事情
- でっかい宇宙のマイクロプロセス
- 東奔西走
- 小宇宙
- いも焼酎
- 編集後記

- BackNumber

◆施設・設備

 建物は延面積1500m2の3階建で,主な実験室等は

1階:
柔軟構造物実験室(1〜3階吹抜243m2),レーザー実験室(35m2),軽構造材開発準備室,輸送システム実験室(86m2),恒温高湿室(16m2),恒温室(12m2),資料室(兼事務室33m2)
2階:
トライボ材料開発室(77m2),超高速衝突実験室(75m2),データ解析室(81m2)
3階:
高温融体実験室(81m2),閉鎖生態系実験室(50m2),セミナー室(80m2),客員教官室(25m2)

 主な実験設備は原子間力顕微鏡,高温融融体物性測定装置,超真空対応トライボ材料開発装置,3次元熱線流速計システム,3次元非定常流計測システム,低圧燃焼実験装置,YAGレーザー加工装置(2kW),振動試験装置(1t),光学式3次元位置測定装置,水中ロボット用水槽(2x2x3m3),バーチャルリアリティシステム,5軸制御マシニングセンタ,超高速衝突実験装置などです。


◆おわりに

 1997年4月工学部設計生産工学科が機械知能工学科と建設社会工学科に改組され,前者に宇宙工学コース(25名)が設けられました。SVBLと併せて九州工業大学の宇宙工学の教育研究促進の礎として関係者一同さらに努力を続ける所存です。先達の皆様方のご指導,ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

(じんのうち・やすすけ)


#
目次
#
お知らせ
#
Home page

ISASニュース No.202 (無断転載不可)