No.192

ISASニュース 1997.3 No.192

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第5回 電子とイオンの結合

宇宙科学研究所    崎本一博


 私たちに日常なじみのある原子や分子は電気的に中性になっているものがほとんどです。これは私たちが住んでいる環境が穏やかであるためです。それでは,はるか上空の電離層とか,太陽や星の大気,あるいは希薄な星間雲などにある原子を考えてみましょう。このような領域では,紫外線が飛び交っており,原子は常に紫外線にさらされることになります。原子が紫外線を吸収すると,その構成要員である電子が飛び出すことがあります。これを電離といいます。従って,紫外線がうようよしている過酷な環境では,原子は中性ではなく,電子がはぎ取られたプラスのイオンとして存在することになります。つまりそのような領域はプラズマになっているわけです。一度電子がはぎ取られてしまうと元に戻れないかというと,そうではありません。イオンがプラズマ中を漂っているうちに別の電子と出会う可能性があります。そのときに,もしもイオンが電子を引き寄せて光を放出すると,電子とイオンは再び結びつき合うことがあります。これを再結合と言います。プラズマ中の中性原子とイオンの割合は,電離と再結合の釣り合いで決まることになるわけです。

 ここでは再結合過程についてお話してみたいと思います。宇宙でもっとも多く存在しているのは水素原子です。水素原子が電離すると電子と陽子に分かれます。電子と陽子は点電荷と考えてよいので,二つの粒子の再結合のしくみは単純で十分にわかっていると言えます。しかし,電子をたくさん持った原子では問題は単純ではありません。そのような原子では,電子が一つ位はぎ取られてもまだ電子が残っており,イオンを点電荷とみなすことができません。この違いのために,再結合のしくみも複雑になってきます。そこで,点電荷にはない過程として登場してくるのが二電子性再結合です。電子がイオンに近づいたときにイオンの中にいる電子を興奮させると,その反作用として近づいてきた電子がイオンに一時的に捕獲されることがあります。共鳴と呼ばれるこの状態は,放っておくと再び元の電子とイオンに分かれてしまいます。しかし,電子と陽子の場合よりも電子がイオンの近傍に長く滞在できるため,光を出して再結合する可能性がずっと高くなります。近づいてくる電子とイオンの中にいる電子の二つが関係するので,二電子性再結合というちょっと妙な名前で呼ばれています。

 二電子性再結合の重要性が最初に指摘されたのは,1960年代のこと,太陽コロナに存在する鉄イオンの電離平衡の問題においてです。その後,核融合プラズマをはじめ温度が数万度以上の高温プラズマにおいて,あるいはX線レーザーの発振機構の一つとしても大事であると考えられています。また,二電子性再結合の際に放出される光を観測することは,プラズマの状態を診断する上でも非常に役に立ちます。ところが,二電子性再結合をマイクロプロセスとして実験室で調べられるようになったのは,1980年代半ば以降になってからです。原子物理として実験できるためには高度な技術の進歩を必要としました。ところがこの実験にはとんだ伏兵が潜んでいました。というのは,一般に実験を行う際に電場や磁場を完全に除去することができません。実験装置の中にわずかですが電場・磁場が残ります。たいがいの実験ではこの電場・磁場を気にしなで済むのですが,二電子性再結合の場合には非常に大きな影響を及ぼすことがわかりました。そのために,電場・磁場の影響のない二電子性再結合を実験的に調べることができなくなっているわけです。宇宙プラズマや核融合プラズマでも電場・磁場はつきものです。このようなプラズマ中で二電子性再結合が電場・磁場によって実際にどう影響されるのか,また,それによってプラズマ診断をどう考え直すべきなのか,本当のところはまだよくわかっていません。

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 最後にイオンが分子である場合の再結合についてお話しましょう。電子と分子イオンの衝突でも共鳴状態を作ることができます。しかし,多くの場合,分子が壊れる方(解離)がずっと起こりやすいので,光を放出することはあまりありません。このため,分子イオンでは,二電子性再結合は起こりにくく,解離性再結合と呼ばれる過程が重要になってきます。こちらの方は惑星の電離圏で主要な再結合過程と考えられています。解離性再結合がマイクロプロセスとして理論的にも実験的にも調べられるようになったのはごく最近のことです。分子の場合,振動・回転状態がどうなっているか,解離した後どんな生成物ができるのか等,いろいろと面白い問題があります。このマイクロプロセスを調べるにも,ストレージリングと呼ばれる大がかりな加速器を使ってやっと詳しい実験ができるようになってきた,というのが現状です。

(さきもと・かずひろ)


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