No.188
1996.11

ISASニュース 1996.11 No.188

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第2回 オーロラ:原子分子の衝突発光

東京理科大学基礎工学部 恩田邦藏


 旧約聖書が誌された紀元前の時代から,私達人間は言葉では言い尽くせないオーロラの不思議な輝きや低緯度地域に特徴的な全天を真紅に染める不気味な光景に魅了され続けている。
 この発光現象は,磁気圏尾部で加速された荷電粒子が地球の南北両極域に降り注ぎ,地球超高層大気の主成分であるN2, O, O2と衝突することにより引き起こされることが,量子力学の誕生以後理解されるようになった。発光のエネルギー源である荷電粒子は,陽子と電子が主である。

 観測されているエネルギー範囲の陽子では,発光に必要な大気主成分の励起状態を生成する衝突断面積が大きくないことと,そもそも降り注ぐ陽子束が多くないために,私達を魅了し続けているオーロラ発光過程への寄与は少ない。もっとも,水素原子のバルマー線の発光は陽子降下の特徴であり,電離により発生する2次電子まで考慮しなければ,陽子オーロラ現象を物理学的に理解することはできないために,理論的研究は遅れている。  他方,電子の群が降り注ぐ場合には,観測されているエネルギー範囲で,電子束と大気主成分の励起状態を生成する衝突断面積共に適度に大きく,赤,緑,赤紫など色彩豊かなオーロラ発光現象を引き起こす。本稿では電子の群により引き起こされるオー ロラについて,私達の理論的研究結果の一端を紹介する。

 1960年代以降,ロケットや人工衛星を利用して,発光のエネルギー源である電子束のエネルギー分布と,特定の波長の発光強度並びに異なる波長の発光強度の比などの同時観測が行われている。最近ではスペース・シャトルから電子線を発射し,人工 オーロラを生成する実験が行われるようになっている。因果関係を含めて定性的にもまた定量的にも,電子オーロラについて理解を深めるためには,全てを実験的に決めることは容易でないことは明らかで,オーロラ発光現象を研究できる十分信頼できる理論的方法が確立され,実験結果を正しく解釈できることが望ましい。

 電子と地球上層大気の主成分であるN2, O, O2との衝突断面積は,多くの研究により信頼できるデータが蓄積されている。私達はこれらデータを利用し,モンテカルロ法を適用し,電子オーロラの発光の物理過程の研究を続けている。当初の目的は,SEPAC(The Space Experiments with Particle Accelerators)の実験結果を理論的研究により解釈することであった。実験は1983年と1992年の2度行われ,人工オーロラの生成には成功したが,実験と理論両結果を詳細に比較し,オーロラ発光の因果関係を十分理解するまでには至っていない。

 1984年4月に南極昭和基地で,アークオーロラに向けて打ち上げられたロケット観測では,降下電子束のエネルギー分布とN2+(B2 Σu+)からの波長427.8 nmの輝線の発光強度の絶対値が測定された。私達はモンテカルロ法の数値的信頼度を確かめる目的で,南極で観測されたこのオーロラを理論的に研究し始めた。

 電子が通過する大気の主成分の粒子数密度の高度分布,大気温度,電磁場ベクトル ,降下電子の初期エネルギー,降下し始める高度,初期の速度ベクトルが磁力線と成す角(ピッチ角),磁力線が地表垂直上向き法線と成す角などの初期条件が決められれば,電子の運動はニュートンの運動方程式を解いて決められる。モンテカルロ法では,電子が降下途中で大気構成要素と衝突するかどうか,衝突するのはどの原子あるいは分子か,その結果どのような量子状態が生成されるのか,衝突後電子はどの方向に散乱されるのか等を乱数を発生させて決定する。最終的に,電子のエネルギーが2eV以下になれば,発光できる量子状態を励起出来なくなるので,電子の追跡を中止する。原子や分子との衝突が電離を引き起こす場合には,2次電子についても初期の電子と同じような追跡を行う。これらの積み重ねとして,降下電子1個当たりの原子や分子の励起状態生成レートや,それら励起状態の放射寿命に応じた発光レートの高度分布が得られる。電子の初期のエネルギーが高くなればなるほど,2次電子が電離を引き起こし,3次電子以上の高次電子を次々に発生させ,追跡すべき電子の数が格段に増える。電子の初期エネルギーが11keVを越えると,計算時間は宇宙科学研究所のスーパーコンピュータVPP500を10時間連続して運転させても終了しない程膨大になる。

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 以上のような膨大な計算結果とロケット実験で得られた電子束のエネルギー分布を利用し,
N2+(B2 Σu+)からの波長427.8nmの輝線の発光強度の絶対値を理論的に求め, 観測結果と比較した。実験で得られた発光強度の時間依存性はモンテカルロ法でかなり良く再現された。ロケット発射後216秒での両者の結果の違いは,5%程度である。
 この結果から,電子と大気主成分であるN2, O, O2との衝突素過程とそれに引き続 き見られるオーロラ発光過程について,モンテカルロ法により十分信頼できる解析ができることが確かめられた。

 今後,「あけぼの」衛星やロケット実験で研究されているいろいろなタイプの電子オーロラの解析を行い,結果の解釈の一助にしたい。さらに,オーロラの時間変動のダイナミクスの解明にも挑戦してみたい。

(おんだ・くにぞう)



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