No.181
1996.4

<研究紹介>   ISASニュース 1996.4 No.181

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褐色矮星の発見がもたらすもの

   東京大学理学部  辻  隆 


◆何故褐色矮星か?

 星雲から原始星が生まれ,重力収縮によりその中心温度が高くなると,水素の核融合に火がつき主系列星の誕生となる。しかし,原始星の質量が太陽質量の8%(0.08M)以下であると,このように自らの核エネルギーで光り輝く星にはなれず,重力エネルギーを使い果たして,やがて暗黒天体になってしまうと考えられている。このような天体の存在はすでに30年以上前から予測されていたが,これに褐色矮星というやや奇妙な名前がつけられて,熱心にその探査が始まったのは比較的最近のことである。その理由は,まずこれらの褐色矮星がダークマターの有力候補の一つと考えられるからである。例えば理科年表で 「近距離の恒星」と云う頁をみると大部分は太陽よりも質量の小さい赤色矮星である。即ち,我々の銀河系で単位体積あたりで最も多く,銀河系の光っている質量の大部分を担っているのはこれら赤色矮星なのである。このことを外挿すると,赤色矮星よりも質量の小さな褐色矮星がさらに多く存在し,銀河系の見えない質量を担っていると考えるのはあながち不自然なことではないようだ。しかし,褐色矮星は実際に存在するのだろうか?

 また,原始星のまわりにできると考えられている原始惑星系円盤の温度が下がってくると分子のみならず種々のダスト(塵)ができ,やがて大きく成長したダストが集積して惑星が誕生すると考えられている。一般に,惑星はこのようにダストから生まれると考えられているが,褐色矮星を含めて星はガスから直接生まれるとされている。これはどこまで本当であろうか? また,木星の質量は太陽質量の0.1%(0.001M)であるが,このような巨大惑星と褐色矮星との境はどこにあり,実際に何が違うのであろうか? そもそも我が銀河系に星は無数に存在するが,褐色矮星や惑星系は銀河系にどの程度存在するのであろうか? これらのことが観測から明らかになれば,様々な質量の恒星,褐色矮星,惑星などの天体がどのようにしてどれだけ生まれるのかと云う現代天文学の根本的問題の解決に一歩近づくことができるであろう。



◆褐色矮星の探査

 以上のようなわけで,褐色矮星とか太陽系外の惑星系の探査が様々な方法で行われ,最近の新聞などでも「褐色矮星が見つかった!」と云う記事をたびたび見かける。これらがすべて本当であれば,現在既に多数の褐色矮星が存在していることになる。褐色矮星を“発見”したと云うには基本的にはその天体の質量が0.08Mより小さいことを示せばよい。天体の質量を直接知ることは連星の場合に可能である。例えば,太陽を木星との連星系と考えると太陽はその共通重心の周りを13 m/secの速度で公転している。従って,太陽系外の知的生物が太陽の視線速度を精密に観測したとすれば,太陽に惑星が存在することを推定できるはずである。この方法を近傍の太陽型の恒星に適用した結果,実際に2,3の星で視線速度が周期的に変化していることが見つかり,その伴星の質量は木星とそれほど違わないと推定されている。しかしその惑星ないしは褐色矮星かもしれない天体は暗過ぎて直接見ることはまだできない。また,若い星団などで生まれて間もない天体のなかには,質量が0.08Mよりも小さく将来冷却して暗黒天体となる運命にある天体 −褐色矮星− が見つかったという報告もかなりある。この場合,質量の推定はこれらの天体の光度や表面(有効)温度を進化モデルによる予測と較べて行うので,かなり不確定要素が大きい。このようにして,既に,かなりの数の褐色矮星候補が提唱されたが,確実に褐色矮星と言えるものはなかなか見つからなかった。



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◆ようやく見つかった褐色矮星


 確実に褐色矮星を見つけたと云うには,冷却が進んで主系列星の限界光度 (6x10-5L)以下となってしまった天体の存在を確認することが 最も確実である。1995年末になってようやくこのような 天体 Gliese 229B が中島紀氏らパロマー天文台のグループにより発見された。これは,質量の最も小さい赤色矮星の周りに,さらに暗い従って質量の小さな天体 −褐色矮星− が存在する可能性を考えて,コロナグラフの原理を応用して赤色矮星の付近で暗い天体を捜した結果発見されたものである。この星は距離の分かった赤色矮星の伴星なので,光度は 6x10-6Lであることが分かるが,これは確実に主系列星の限界光度よりも暗い。さらに,この星のスペクトルにはメタンのバンドがはっきりと確認された。メタンは 有効温度が1,000K以下の高密度の星でのみ存在できるので,この天体の有効温度は1,000K前後であると推定された。これらのことから,この天体が正真正銘の褐色矮星であることはほとんど疑いない。





◆ 褐色矮星を如何にして調べるか?

 このようにようやく恒星と惑星の間をつなぐ天体が実在することが明らかとなった。それでは,このような新種の天体をどのような方法で調べてゆけばよいであろうか? 例えば,我が太陽系の惑星は既にパイオニア,ボイジャー,ガリレオ などの探索機によって直接調べられている。しかし,太陽系外の天体には直接探索機の手は届かない。これら実験のできない天体には一般にモデル解析の方法がよく使われる。これは対象となる天体の物理構造モデルを現在知られている物理法則に従って構築し,それから予測される結果を観測と比較する。予測値と観測値がよく一致するまでモデルを逐次改良し,その天体の本質に迫ろうという方法である。また,この方法ではある程度観測を予測することも可能である。

 さて,褐色矮星のような低温高圧の大気では,H, C, N, Oなどからなる 揮発性の物質はメタン,水,アンモニアなどの分子ガスの形で存在するが, Fe, Si, Mg, Alなどからなる難溶性の物質は大部分コランダム(Al2O3), 鉄(Fe),シリケート(MgSiO3) などのダストになっていると考えられる。ここで, ダストはガスと均一によく混合した状態で形成されると仮定する。このような大気が熱的及び力学的に平衡状態にあるとする理論モデルを作ってみると,熱力学的平衡のもとでは晩期M型矮星ですでにダストができ,褐色矮星になるとダストはますます重要となってくることが分かる。



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◆ダストのもやに覆われた褐色矮星候補、GD165B

 さて,正真正銘の褐色矮星が発見される数年前に,褐色矮星の候補としてGD165Bと 言う天体が知られていた。これはやはり暗い白色矮星の付近にあるさらに暗い天体を 赤外線カメラで捜した結果発見されたものである。まず,手始めに図1に,この天体の測光データ(黒丸)と有効温度1,800Kのモデルから予測される輻射エネルギー分布(SED)の予測値との比較を示す。ここで実線はダストありのモデル,点線は比較のためにダストなしのモデル(これは過飽和状態に対応する)を示したものである。明らかに実線,即ちダストありのモデルの予測と観測は非常によく一致するが,ダストなしのモデルでは全然観測と合わない。このことから, 褐色矮星候補 GD165Bにはダストが存在することはほぼ確実と云ってよいであろう。 図1に示すように観測されるSEDがダストによる強い散乱,吸収の効果を示すことから,褐色矮星候補 GD165Bはダストのもやにすっぽりと覆われてると考えなければ ならない。





◆ダストの雲が漂う褐色矮星、Gl 229B

 次に中島紀氏らにより発見された褐色矮星 Gl 229Bの観測データ(黒丸)と有効温度800KのモデルによるSEDの予測値との比較を図2に示す。ここで図1と同じく実線はダストあり、点線はダストなしのモデルによる。今度は逆に実線即ちダストありのモデルの予測と観測は全く一致せず,点線即ちダストなしのモデルの予測と観測は良く合っている。ここでダストなしのモデルでは,メタン,水蒸気のみならず,水素分子の衝突誘導二重極遷移により,赤外領域は極めて不透明となっている。そのため赤外輻射は相対的に弱く,大部分の輻射は1ミクロン領域に集中し, 黒体輻射(斜線)から著しくずれている。一方、ダストありのモデルではダストの強い吸収・散乱が支配的となり黒体輻射に近いSEDとなるが,これは全く観測と合わない。

 このように,温度が比較的高いと考えられる GD165Bにはダストが存在するのに, 温度が低いと考えられる Gl 229Bには見かけ上ダストは存在せずメタンなどの揮発性ガスが多量に存在することが明かになった。このように,より低温の Gl 229B にダストが存在しないとすれば,これは熱力学に反することになる。 しかし,このことは,次のように解釈すればよいであろう。即ち,2,000K前後でダストができる場合は気相・固相は分離せず一様に混合した状態にあり,このようなダストとガスが大気全体を一様に覆い,そのためダストの強い吸収,散乱が支配的となる。これは正に褐色矮星候補 GD165Bの場合である。しかし,やや低温となるとおそらくダストの成長が進み気相・固相が分離する。この場合ダストは雲の形で存在し,その間隙から流出したメタンなどの揮発性ガスが大気上層を満たすため,ダストの効果は観測されないだけであろう。このモデルに 於けるダストの雲及び分子の高度分布を図3に示す。このように,正真正銘の 褐色矮星Gl 229Bではメタンガスのなかに鉄やシリケートのダスト雲が漂い,もしかしたら雨 −ただし水ではない!− も降るかもしれない。即ち,褐色矮星 Gl 229Bはすでに気象学の支配する世界である。

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◆恒星と惑星のあいだ −褐色矮星学のすすめ −

 現在知られている褐色矮星はその候補を含めても上で見た Gl 229と GD165Bの2つ しかないが,すでにこれらから褐色矮星について貴重な情報が得られた。我が太陽系 の9個の惑星はそれぞれ個性に富んだ多様な姿を見せているが,これら2つの天体も 非常に異なる特性を示している。褐色矮星や惑星の大気では気相・液相・固相間の相転移が起きるため,気象学的現象から生命誕生までを含む極めて多様な現象が起こり得ると考えられ,気相だけを考えればよかった恒星大気に較べると未解決の問題も多い。いずれにしても,木星質量10-3Mから主系列星の下限 0.08Mの間の質量にして2桁の範囲にわたる天体が新に経験科学の対象となった意義は大きい。これらの天体の特性を解明するためには,すでに長い歴史を持つ恒星物理学と惑星科学の成果をさらに発展させて substellar astronomy (又は褐色矮星学)とでも呼ぶべき新しい学問分野を開拓することが必要であろう。

 今後このような研究を発展させるには,褐色矮星や太陽系以外における惑星系がさらに多数見いだされることが是非とも必要であり,このためには特にISASが 21世紀初頭に打ち上げを予定しているIRIS に期待するところが大きい。IRISは,中間及び遠赤外域で従来にない高い感度を持ち,さらに広域無差別の大規模探査を行う高い性能もつており,褐色矮星探査を最も有効に行うことができると期待される。また,これと相前後して完成するSUBARUなどと併せて,褐色矮星などの微光天体の解明が進み,小質量星を含む星の誕生,惑星系の形成からダークマターの正体に至る天文学の基本的な問題に新しい光があてられることを期待したい。

(つじ・たかし) 


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