Home 宇宙科学研究所報告 臼田宇宙空間観測所水素メーザ標準周波数時刻システム

2.水素メーザ標準周波数時刻システムの構成と機能

 既に述べたように単独の水素メーザの場合,比較する対象が無いため,周波数安定度が正常に,すなわち,最高性能の状態に保たれているかどうかの確認ができない.2台の場合,2台の出力を比較することにより,2台とも正常であることは確認できるが,安定度の低下が検出された場合に,どちらが劣化しているかを,2台の位相比較からだけでは同定できない.水素メーザが3台になると,三つの対について常時位 相比較を行うことにより,安定度の確認ができ,安定度の低下した装置を同定することも可能で,常時適切な監視が行える.深宇宙探査機のレンジング(距離測定),ドップラー周波数の測定,あるいはVLBI観測などでは,周波数標準器の周波数安定度が常時高い信頼性をもって確保されていることが必要であり,3台のシステムでは,その要請が満たされる.

 臼田局に設置した水素メーザ標準周波数時刻システムの構成を図1に示す.設備全体は,水素メーザ3台を中心とする標準信号発生部,位相比較を行う位相監視部,時刻監視・遠隔自動監視部,および標準信号分配装置,の四つの部分に区分される.このシステムは,基準周波数信号と,協定世界時(UTC)に同期した秒信号とを出力する.基準周波数信号は,既設の標準時刻設備の原子標準器入力になるとともに,必要に応じて,電波天文観測装置等に直接導かれる.一方,秒信号出力は個別 の用途用で,局内に一般に供給される秒信号は,既設の標準時刻設備において水素メーザからの基準周波数信号をもとに作られている.システムを構成する各部の機能と性能を次に記す.


図1. 水素メーザ標準周波数時刻システムの構成

 (1)標準信号発生部

 3台の,同一仕様の水素メーザ装置[3]からなる.各メーザ装置はそれぞれ無停電電源と監視記録部を備え,独立して標準周波数信号(5MHz,10MHz,及び100MHz)と秒信号(1PPS)を発生する.水素メーザ装置の代表的な周波数安定度のデータを図2に示す.周波数安定度はアラン分散の平方根であるアラン標準偏差によって表されている.装置は,移動環境でも使用できるように堅固に設計・製作され,さらに,外部温度や外部磁場の条件も緩いことが特徴となっている.使用環境は,温度23±1℃,湿度20〜80%,地球磁場中での使用可(変動10mOe以内),と規定されている.標準信号の出力周波数のオフセット補正はメーザ装置内の位 相同期受信機の局部発振周波数を微調することによって行える.秒信号時刻同期のオフセット補正には,後述するGPS受信機が出力する秒信号を外部同期信号として用いる(図1に見るように,同期信号ラインを,水素メーザ側の同期入力端子に常時は接続していない.各メーザごとに,同期が必要と判断されるときに,接続する).無停電電源は,バッテリ満充電時,停電状態において12時間の電源供給を行える.水素メーザの主な性能を付録に示す.



図2. 水素メーザの周波数案定度

 (2)位相監視部

 3台の位相比較器と解析コンピュータからなる.3台の水素メーザの標準周波数出力を相互に位相比較し,周波数安定度の解析を自動的に行う.位相比較器の動作周波数帯は300kHz〜2GHzと広く取ってあり,水素メーザ出力を適宜切り替えて入力する.通常は100MHzを入力している.位相比較の分解能は0.1度である.3組の位相比較結果 をCRTに表示するとともに,ペンレコーダに出力する.解析コンピュータでは,位相比較データを統計解析し,周波数安定度,周波数偏差などを求める.

 (3)時刻監視・遠隔自動監視部

 GPS受信機,タイムインターバルカウンタ,時刻比較および水素メーザ遠隔自動監視のための解析コンピュータからなる.

 GPS受信機はルビジウム発振器を内蔵しており,GPS衛星から送られてくるUTC時刻符号に対して較正された「GPS受信機REF(Rb)」と呼ぶ秒時刻を出力する.時刻比較部では,各水素メーザにおいて作られる秒時刻と,「GPS受信機REF(Rb)」の秒時刻とを比較する.秒時刻を比較するためのタイムインターバルカウンタとして,1台はGPS受信機に内蔵されたものを使い,2台を外付けで設けている.二つの秒時刻の差は分解能1ns以内で測定している.解析コンピュータでは,秒時刻の比較データを長期間にわたって収集し,統計解析を行う.

 また,解析コンピュータでは各水素メーザの状態情報を収録,保存する.収録している情報の主なものは,メーザ発振出力(IFレベルを測定),電源電圧,真空度(イオンポンプ電流を測定),水素ガスの流量(水素二次圧を測定),水素解離放電強度,静磁界強度(磁界印加用電流を測定),同調電圧(共振器,および位 相同期受信機内の電圧制御発振器について)などである.

 なお,図1のシステム構成図に付記してあるように,GPS受信機にはオプショナルボードを取り付け,6チャンネルのIRIG-G信号を取り出せるようにしてある.

 (4)標準信号分配装置

 3台の水素メーザの内,最良状態にあるメーザ(運用者が選択)の出力信号を,観測所の標準時刻設備,および電波天文観測等のための地上装置へ向けて,分配,出力する.出力は,5MHz,10MHz,l00MHzの正弦波信号と,1PPSのパルス秒信号(パルス幅33ms)からなり,分配出力数は,各周波数信号,秒信号とも,12チャンネルである.


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