開発中二重小惑星探査計画 Hera

【海外計画参加】 ESA(欧州宇宙機関)が実施する地球近傍の二重小惑星の探査計画であり、日本は熱赤外カメラの提供や科学研究で参加する。NASA(米航空宇宙局)のDART計画と連携して、史上初の本格的な宇宙防災「プラネタリ・ディフェンス」の技術実証を行うとともに、惑星の形成・進化の過程の理解に迫ることを目指す。

高感度太陽紫外線分光観測衛星 SOLAR-C 土星衛星タイタン離着陸探査 Dragonfly

小惑星は、太陽系の形成や進化の過程の特徴をとどめる始原的な天体として科学的に重要であり、「はやぶさ」や「はやぶさ2」による小惑星探査が実施されてきました。その一方で、地球の近くを通過する軌道をもつ「地球接近小惑星」が、これまでに27000個以上も発見されています。地球接近小惑星は、近い将来に地球と衝突する可能性があり、地球の生命や文明社会への潜在的な脅威です。メキシコ・ユカタン半島にある直径160kmのチチュルブ・クレータは、直径10kmの小天体が6600万年前に衝突した痕跡と考えられ、恐竜など多くの生命が絶滅した白亜紀末の大絶滅を引きおこした有力な原因とされています。しかも地球上で発見されている隕石衝突クレータのなかで3番目の大きさであり、地球史上では大絶滅を起すような小惑星衝突が何度も起きていることを意味します。

小惑星は小さいものほど数が多く、例えば直径50m程度の小惑星であれば100~1000年に1回の頻度で地球に衝突します。1908年にシベリア・ツングースカで、直径60~100mの隕石が上空で大爆発をおこし、爆風によって東京都とほぼ同じ面積の2000平方キロメートル以上の広大な範囲のタイガの森林が薙ぎ倒されました。やや規模は小さいものの、2013年にロシア・チェリャビンスク近郊に落ちた推定直径17mの隕石が大気を通過中に発生した爆風によって、怪我人が約1500名、家屋損壊が約4500棟にのぼる災害が起きました。大都市を直撃していたら、その被害は計り知れません。このように甚大な被害をもったらす小惑星の衝突に対して、地震や津波などの自然災害と同様に防災対策が必要です。地上からの観測によって、ある小惑星が100年以内に地球に衝突する可能性が高いことが判明した場合、その軌道を逸らして地球衝突を回避することによって、その脅威と発生し得る被害を、惑星科学の知識と宇宙工学の技術によって未然に防ぐという宇宙防災活動が「プラネタリ・ディフェンス」です。

現在分かっている限りでは、今後100年以内に地球に衝突する可能性のある天体は直径100m以下の小型のものばかりなので、数mの大きさの探査機を高速で衝突させることによって、小惑星の軌道をわずかに変えることができます。その小さな軌道修正でも、地球に衝突する時期が数万年以降となれば、当面の脅威は回避することができます。但し、100m以下の小さな天体に確実に衝突させることは容易ではなく、技術実証が必要です。また、衝突によって生じる軌道変化量は小惑星の密度や硬さによって異なりますが、小型の小惑星の素性についてはよく分かっていません。

二重小惑星探査計画Heraは、ESA(欧州宇宙機関)が実施するS型小惑星ディディモスとその衛星ディモルフォスにランデブする探査計画です。AIDA(Asteroid Impact &Deflection Assessment)計画は、このESAのHeraと、 NASA(米航空宇宙局)のDARTとが連携して行う国際共同のプラネタリ・ディフェンス計画です。先行するDARTは2021年11月24日に打ち上げられ、2022年9月26日に秒速約6kmで衛星ディモルフォスへの衝突に成功しました。衝突前にDART搭載カメラからの撮像でディディモスとディモルフォスの外観を調べ、かつ衝突直前にディモルフォスの表層が一枚岩ではなく岩塊が寄せ集まったラブルパイルであることを突き止めました。また、衝突後に膨大な量の塵が飛散する様子を事前に分離した子機から撮像したほか、地上や軌道上の望遠鏡からも想像を上回る量の塵が噴出している様子が捉えられました。衝突によるディモルフォスの軌道変化はディディモスの周りをまわる周期が11時間55分から11時間23分へと32分も短縮されました。事前予測の10分程度を大きく上回る成果でした。しかし探査機衝突による軌道修正の効果を正確に評価するためには、より正確な調査が必要です。Heraは2024年に打ち上げ、2027年に到着し、ディディモスとディモルフォスの両小惑星の探査をします。特にDARTの衝突の影響による軌道や自転の状態や、DARTによる衝突クレータの形や大きさを詳しく調べます。さらに標的である小惑星の物性や物質を半年かけて詳細に観測します。

小惑星探査は日本が世界を先導する得意分野であり、「はやぶさ2」で実績のある熱赤外カメラをHera探査機に搭載し、さらに衝突現象の科学や小惑星の地質学、ダイナミクス、熱物性などの科学の研究で大いに貢献します。まさに日米欧連携によって、史上初の本格的なプラネタリ・ディフェンスの計画を推進しています。

Heraによる探査は技術実証としてだけでなく、惑星の形成や進化の過程の解明を進めるうえでも唯一無二の貴重な機会です。大きさの異なる直径約780mのディディモスと直径約160mのディモルフォスとの比較や、「はやぶさ2」によるC型小惑星リュウグウやNASAのオシリス・レックスによるB型小惑星ベンヌとS型小惑星ディディモスの比較ができ、天体サイズやスペクトル型の違いによる小惑星の物性の違いを初めて確認できます。また、二重小惑星における力学進化の特徴や、小型の小惑星における衝突現象の理解の進展など新たな展開が期待され、それらは惑星の形成や進化の謎を解明する糸口となると期待されます。