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宇宙科学の最前線

地震計で月・火星の内部を探る 東京大学 地震研究所 准教授 新谷 昌人

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天体内部を調べる強力な方法〜地震観測

 地球は表面から地殻・マントル・外核(液体)・内核(固体)の4層に分かれていることが知られています。これは地震の波を観測して分かったことです。大きい地震が起こると地震波は地中を伝わり、時には地球を地震波が何周もしている様子を捉えることができます。地中に層があると境界で反射や屈折が起こり、地表で観測されたいろいろな経路の地震波の時間差から、層がどのようになっているかが推定できます。一方、地震の発生場所(震源)は比較的浅く、世界地図に描いてみると線状に分布していることが分かります。これらのことから、地球の表面付近はいくつかの岩板(プレート)に分かれて運動し、それらの境界で地震が発生していると解釈されています。このように地震観測は地球の内部を調べる強力な方法です。

 月や火星でも過去に地震観測が行われました。月では、1970年代のアポロ計画で、宇宙飛行士が合計5ヶ所に地震計を置いて地震観測が行われました。その結果、月にも地震(月震)があること、しかも地球と違い、かなり深い震源があることが分かりました。月では深い部分まで破壊が起こるような堅い部分があることになります。月の内部についてはいくつかのモデルがあり、現在でもアポロ計画で得られた地震観測データは最新の方法で分析され続けています。

 火星については、着陸探査機バイキングに地震計が搭載されました。火星には大気があり地球より希薄(0.01気圧以下)ですが風は強く(最大風速100m/s以上!)、風による振動のためによい地震観測ができず、明確な地震は捉えられませんでした。近年は欧米の多くの探査機により、詳細な火星表面の画像や着陸機による地質データが得られるようになりました。火山や断層に似た地形が見られることから小さい地震活動があるかもしれませんが、はっきり分かっていません。

 月と火星に共通するのは、地球のような大規模な地震がなく内部が不活発なことです。地球はマントルの対流運動が地震活動のエネルギー源ですが、月や火星は内部が冷えていることが示唆されます。地震観測によって地震の活動度が分かれば、内部の状態を推定できます。また地震活動があれば、地震波を利用して冒頭に述べた方法で内部構造を調べることができます。例えば、月や火星の中心にあると考えられている鉄を主体とした核のサイズや状態(液体・固体)が分かれば、天体が生成した状況や現在までの経過が推測できます。月の場合は、裏側(地球と反対側)に地震計が置かれなかったため、裏側の震源の情報が得られませんでした。月は表側と裏側で表面の状態が大きく異なっています(月の二分性)。裏側の月震が観測できれば、内部構造から二分性の原因に迫ることができます。このように太陽系の研究に重要な知見がいくつももたらされると期待されるため、ぜひ月や火星で精密な地震観測を実現したいと考えています。

地震計の性能は?

 地球上ではいろいろな地震計が用いられています。小さな揺れを測る「高感度地震計」や、大きな揺れでも振り切れない「強震計」などです。月や火星では大きい地震が起こらないので、微小な揺れが測れる地震計が必要です。

 揺れの周期も重要です。地震が起こるとさまざまな周期の振動が発生します。短い周期の揺れは減衰しやすくあまり遠くには伝わりません。一方、遠くで大きな地震が起こると周期が数秒以上のゆっくりとした揺れを感じることがあります。震源で発生した長い周期の揺れは減衰しにくく、遠くまで伝わるためです。地下深い構造を調べるためには周期の長い地震波を観測できる「広帯域地震計」を用います。

 ところで、震源の位置と深さを決めるためには3ヶ所以上の場所で地震を同時観測します。月や火星では地震計を何ヶ所にも設置するのは至難の業なので、弾頭のような「ペネトレーター」に地震計を組み込み月や火星の数ヶ所に落下させて打ち込む方法や、それぞれの国やプロジェクトで設置した地震計を協力して観測する方法などが検討されています。また、隕石衝突の場所が確認されればそこを震源とした地震波が発生するので、1台の地震計でも地下の情報が得られます。

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