「すざく」,宇宙で最重量級の衝突現場を検証する:
X線で探る銀河団の衝突と合体


2011-11-24 プレスリリース おしらせ文


ポイント


概要

1. 銀河団プラズマの衝突 

宇宙の中で,星は銀河として集まり,銀河はまた銀河団という集団を作っています。 この宇宙で最大の構造である銀河団から,1960年代にX線放射が見つかり, そこには目に見える星だけでなく高温のプラズマが存在することが発見されました。 その後の観測で,このプラズマの質量は星の総量を超えており,プラズマこそが宇宙にある(暗黒物質でない)普通の物質の最も主要な成分であることが分かりました。 このプラズマは,1000万度から1億度というとても高い温度になっています。 星よりも多くの質量をもつ星間物質をここまで高温に加熱することは容易ではなく、 このプラズマがどのようにして加熱されたかを知ることは,宇宙の構造形成を探る上で鍵となります。 多くの天文学者は,小さな構造同士が衝突・合体を繰り返し,より大きな構造へと成長する過程で,プラズマが加熱されたと考えています (補助図1に,銀河団どうしの衝突と合体と計算機上で再現したシミュレーションの結果を示します)。 言い換えると, 銀河団のスケールでは大部分の質量を占める暗黒物質が持っている重力エネルギーが, プラズマの運動エネルギーを経由して,その熱エネルギーに変換されたことになります。 これまでの観測では,プラズマの温度の分布はよく調べられてきました。 しかし,その元になったと考えられる銀河団プラズマの運動については, X線画像の解析から衝撃波などによる銀河団プラズマの形状の微妙な変化から推定することしかできませんでした。

2.「すざく」による発見 

今回,私たちは,日本のX線天文衛星「すざく」を用いてこぐま座にあるA2256という銀河団を観測しました。 この銀河団は大小の二つのプラズマ構造を持ち, それらが合体する途中にあるようにみえる「衝突銀河団」の代表です(図1)。 「すざく」の優れたX線分光能力を用いて,銀河団プラズマからのX線輝線のドップラーシフト(*5) を測ることで,この二つのプラズマ構造の(地球と銀河団を結ぶ視線方向の)速度を精密に測定し,その運動状態をとらえることを目指したのです。 観測の結果,これら大小の二つの構造はおよそ1500 km/sという高速で衝突しており, 数億年後には合体すると予想されることが分かりました(図2,3)。 ドップラーシフトを用いて天体の速度を測ることは天文学の基本で,多くの天体で用いられています。 ただし,銀河団プラズマの速度を測定したのは今回の観測が世界でも初めてです。 これは,「すざく」に搭載されたX線検出器(CCD)の感度と,エネルギー決定の精度が世界で最高レベルであることで可能になったものです。

3. 宇宙の進化と暗黒物質の謎に挑む 

銀河団プラズマの速度を測定することは,少なくとも二つの意義があります。 第一に,衝突・合体の証拠をつかみ,宇宙の構造形成の現場を直接的に調べられます。 私たちは,コンピューターの中で,宇宙の構造形成を再現し,その進化を見ることができるようになりました。 いっぽう,私たちが観測できるのは,それぞれの天体のスナップショットにすぎません。 このスナップショットに,天体の運動,すなわち「動画」を加える事ができれば,進化の様子がより理解できます。 先に述べたように,銀河団の中には,星の集団の銀河とX線を放射するプラズマが,大小の集団を作りながら,成長していきます。 これまでは,一つ一つの銀河の運動については,ドップラー効果を使って測定されてきました。 ただし,銀河の数はせいぜい百個程度であり,それぞれの銀河がどの集団に属しているかを判別することは,それほど簡単ではありません。 加えて,銀河の集団とプラズマの集団が一緒になって動いているかどうかは,必ずしも自明ではありません。 したがって,プラズマの運動を測り,すべての役者(銀河とプラズマ)を含む銀河団全体の三次元的な「動画」をとらえることが重要です。

第二に,プラズマの運動を測ることで,その運動を支配している暗黒物質の総量や分布に迫ることができます。 地球やほかの惑星は,太陽の周りをそれぞれ異なる速度で回っています。 これは,惑星の遠心力と太陽の重力が釣り合っているからです。 同じように,銀河団の中でも,いろいろな力と暗黒物質の作る重力が釣り合っているはずです。 これまでは, プラズマの運動を無視し、プラズマの熱的な圧力が重力と釣り合っている(熱的な圧力=重力)と仮定して 暗黒物質の総量が推定されてきました。 しかし,もしも,プラズマが大きな速度を持って動いていると,この仮定は成り立ちません。 例えば,プラズマが回転している場合には,熱的な圧力+遠心力=重力となり,これまで考えていた以上の暗黒物質が必要になります。 今回の測定は,「衝突銀河団」という特別な状態にある天体の結果です。 したがって,これまでにも,一部の研究者の間では,「熱的な圧力=重力」の仮定が成り立たない可能性が検討されていました。 では,私たちが見つけたようなプラズマの運動が,「普通の銀河団」でも存在するのでしょうか? これが,私たちの次の課題であり,暗黒物質の分布を正確に知るためににどうしても必要な調査です。

4. ASTRO-Hへの期待 

宇宙には見つかっているだけでも1万を超える銀河団があり,その中にはいろいろな成長段階,すなわち運動状態を持つものがあるはずです。 現在,開発中のX線天文衛星ASTRO-Hには「すざく」のX線検出器に比べても20倍も高いエネルギー分解能を持つ新しいタイプのX線検出器(X線カロリメータ)が搭載されます。 この最先端技術を用いた新しい装置で,銀河団プラズマの運動を系統的に観測します。 それによって,宇宙の大規模構造の成長の様子をとらえ,それを支配している暗黒物質の謎に挑むことができると期待されます。

この結果は、2011年11月25日発行の 日本天文学会欧文研究報告 (PASJ) 「すざく」+MAXI合同特集号 (PASJ, vol.63, No.SP3に掲載されることになっています。 この特集号には,上記の結果以外にも,「すざく」衛星および MAXI計画からの多くの最新の成果を掲載しています。 今回の結果を掲載した論文は, ここからも読むことができます。

表1:「すざく」による銀河団 Abell 2256の観測

観測日 2006/11/10-11/13
観測提案者 林田清 他
観測時間 約 94,400 秒 (約 26時間)
ターゲット A2256 (Abell 2256)
ターゲットまでの距離 8.4億光年 (赤方偏移 0.058; 256 メガパーセク)

表2: 銀河団 Abell 2256の中の二つの構造

大構造 小構造
 天球上での座標 (赤経,赤緯) 2000年分点, 単位は度 (ともにこぐま座方向) (256.1208, 78.6431) (255.7958, 78.6611)
 大きさ (半径) 約 500万光年 (1.5 メガパーセク) 約 320 万光年 (1.0 メガパーセク)
 プラズマの温度 9000万度 4500万度
全質量(暗黒物質を含む)  太陽の1015 倍 (2 x 1045 kg) 太陽の5 x 1014 倍 (1045 kg)
 プラズマ質量 太陽の1014 倍 (2 x 1044 kg) 太陽の 5 x 1013 倍 (1044 kg)

図1: (左) 「すざく」による銀河団A2256のX線画像。横軸の大きさは, 黒色と青色の二つの丸は,「大構造」と「小構造」の位置を示す。 左下の白い矢印は, 角度の4.6分角(1度の13分の1相当)で銀河団の位置でおよそ百万光年の広がり を示す。 (右) 左図と同じ領域の可視光画像。ここに写っている銀河の一部が銀河団のメンバー。 (出典は,Digital Sky Survey by the Space Telescope Science Institute)
(下) X線画像(青)と可視光画像(赤)の重ね合わせ。この図の一辺は,18分角(銀河団の位置で約400万光年)。



図2:「すざく」による銀河団A2256の「小構造」の鉄ラインを含むX線スペクトル。 横軸は,エネルギー。 上のグラフの縦軸は,各エネルギーあたりのX線の強度 (単位は,カウント/秒/キロ電子ボルト)。 下のグラフの縦軸は,データとモデルの比。 このデータによって,「小構造」の後退速度(赤方偏移)を精密に測定した。 (a)と(b)は,どちらも同じデータを誤差棒つきの十字で示す。 (a)と(b)では,データを再現するためのモデル(階段状の実線)が異なる。 (a)の場合は,データを最も正しく再現するモデル。この場合,「小構造」は,「大構造」より小さな後退速度を持つ。 一方,(b)の場合は,「小構造」が,「大構造」と同じ速度,すなわち,お互いに動いていないと仮定した場合のモデル。 それぞれの図の下のグラフは,データとモデルの比を示す。 (a)の場合は,データとモデルが良く合っているが,(b)の場合は,データとモデルにずれが見える。 このようなデータ解析を通じて,「小構造」が「大構造」に対して, おおよそ1500 km/sで運動していることを測定した。



図3: 今回の測定から得られた「大構造」と「小構造」の衝突を上から見た模式図。




補助図1: 銀河団の衝突シミュレーション。滝沢氏(山形大学)提供。二つの構造が衝突,合体してより大きな銀河団になる様子(数億年の進化)を計算機上で再現した。 この画像は,プラズマの密度を対数表示したもの。 より詳しい内容については,この論文を参考にしてください。




補足説明

*1 X線天文衛星「すざく」

2005年7月10日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた、わが国5番目のX線天文衛星。 これまでに、われわれの銀河系の中心部の激しい活動、隠されたブラックホールの発見、宇宙線の起源解明など、数多くの成果を挙げてきた。 「すざく」衛星のページ(JAXA)

*2 プラズマ 

原子から電子が剥ぎ取られると,正電荷を持つイオンとなる。 このような電子とイオンからなり全体としては中性の物質の状態 をプラズマと呼ぶ。 固体,液体,気体に続く「物質の第四の状態」とも呼ばれる。 地球上では,高い温度の特殊な場所でしか存在しない。 しかし,宇宙には,さまざまなプラズマが存在し, 宇宙の普通の物質の大部分がプラズマ状態となっている。 例えば,太陽の内部,銀河内の電離ガス,あるいはブラックホールの周りの円盤などは全てプラズマである。 この中でも,銀河団プラズマは,宇宙の主要な物質状態の一つである。 銀河団プラズマは,銀河団ガスとも呼ばれる。

*3 暗黒物質 (ダークマター) 

光などの電磁波は出さないが重力を持つことから間接的にその存在が示唆されている謎の物質。 銀河団の中の銀河の運動や銀河の回転速度は, それらが,目で見える普通の物質だけでは,安定に存在できず,なんらかの見えない物質の存在を強く示唆している。 また,重力レンズ効果によっても,その存在が確かめられている。 普通の物質とは異なり,物質とほんんど相互作用しないと考えられる。 非常に質量の小さいニュートリノや実験では検出できていない理論上の粒子が,暗黒物質の候補とされている。 宇宙には,普通の物質の数倍の暗黒物質があると考えられている。 宇宙で暗黒物質がどのように分布し,その正体が何であるかは,現代物理学の最大の謎の一つである。 暗黒物質ともう一つの謎である暗黒エネルギーの総量によって宇宙の運命が決まる。

*4 X線天文衛星 ASTRO-H

「すざく」に続く日本の6番目のX線天文衛星。 日本が日米欧の国際プロジェクトチームをリードする形で開発が進められている。 世界最先端の技術を用いて, X線からガンマ線におよぶ広い波長域において、かつてないほどの高い感度,優れたエネルギー分解能を実現する。 X線でしか観測できない銀河団の中の数千万度の高温ガスの激しい動きの直接測定や、 宇宙の遠方にある生まれたての銀河の中心にある巨大ブラックホールなどの観測する。 これらによって暗黒物質の謎や宇宙の進化に迫る。 詳しくは, ASTRO-H ホームページをご覧ください。

*5 ドップラーシフト

観測者に対して動いている物体から放射された電磁波(光)は, 元の波長と異なる波長で観測される。 この現象をはじめて研究した人の名前をとって, 「ドップラーシフト」または「ドップラー効果」という。 電磁波に限らず,「波」では共通的にみられる現象である。 救急車のサイレンの音の高さが,救急車が近づく時に高くなり,遠ざかる時に低くなるのも,「ドップラー効果」。 天文学では,波長の変化量と元の波長の比を赤方偏移という。 元の波長がよく分かっている輝線や吸収線を用いて(これをスペクトル分光という)赤方偏移を測る事ができる。 宇宙の膨張(ハッブルの法則), 銀河の回転, 太陽系外の惑星の検出など, 天文学の多くの実験で利用されている。 ハッブルの法則から赤方偏移を測る事で,その天体までの距離の推定ができる。

今回の成果は,二つの天体の赤方偏移の差を調べる事で,その天体の間の相対速度を推定した。

参考サイト: wikipedia (English), wikipedia (Japanese)。参考になる図が公開されています。


研究代表者

独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所
助教 田村 隆幸 (たむら たかゆき)

研究チーム

大阪大学:林田清(准教授),上田周太朗 (大学院生),長井雅章(大学院生)

今回の発表に関する連絡先

宇宙科学研究所 広報・普及係 までお願いします。

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