銀河の外に大量のレアメタルを発見
2009-11-2 プレスリリース
ポイント
- 地球から二億五千万光年かなたにあるペルセウス座 銀河団を 「すざく」衛星(*1)で観測し、クロムとマンガン(*2)からのX線を検出しました。
これは、世界で初めての銀河の外(=銀河間空間)からのクロムおよびマンガンの検出です。
- これらに加え、珪素、硫黄、鉄などからのX線も観測し、それらの存在量も精密に測定しました。
- 今回の結果は、「宇宙の元素量」測定の先駆けとなり、宇宙の元素合成の歴史を探る上で貴重な手がかりとなります。
概要
銀河団は、多数の銀河の集団です (図1)。
そこには、銀河に加え、X線でのみ観測することのできる高温のプラズマが大量に存在することが分かっていました (図2)。
我々は、「すざく」衛星を用いて、X線で明るいペルセウス座銀河団を定期的に、のべ8日間にわたって観測しましました。
その結果、これまでにない高い精度でX線エネルギースペクトルを得ることができました。
これによって、比較的に豊富なネオン、マグネシウム、珪素、硫黄、鉄に加え、
微量な元素であるアルゴン、カルシウム、クロム、マンガン、およびニッケルからのX線を検出することができました。
これらのX線の強さから、それぞれの元素の存在量を知ることができます。
今回の観測によって、銀河団プラズマの中にも、
太陽での存在量の半分程度の割合でクロム、マンガンが存在することが初めて明らかになりました (図3、4)。
クロム、マンガンは鉄、ニッケルとともに核融合爆発型(Ia型)の超新星爆発(*3)の中で作られると考えられています。
したがって、今回の観測結果は、数億年から数十億年にわたる銀河団の歴史の中で大量の超新星爆発が起こり、
そこで作られた元素が広い領域にわたってかき混ぜられたことを示しています。
クロム、マンガンに限らず、全ての元素は、宇宙の進化の中で、いろいろな場所を流転します (図5)。
ガスが集まって星や惑星になり、 星は進化の果ての爆発で元素を合成したり、撒き散らしたりします。
私たち生命もこの流転の一部です。
星、銀河の中で作られた元素の一部は、銀河の外=銀河間空間にも飛び出します。
銀河の密集している銀河間空間には、高温のガスが銀河団プラズマとして存在します。
銀河団プラズマは、密度は低いですが、宇宙で最大の体積を持ちます。
その総量は、銀河の中の星の総量を越えます。
したがって、銀河団プラズマは、宇宙で最大の元素の貯蔵庫です。
今回は、この銀河団プラズマにクロムとマンガンが存在することを発見しました。
この成果は、2009年11月1日発行の アストロフィジカル・ジャーナル・レター 705号に掲載されることになっています。
図1: 可視光での見たペルセウス座 銀河団。
オレンジ色のあわく見えているのがメンバー銀河。
銀河団の中心には、2つの巨大楕円銀河が見えます。
この図の差し渡しは、おおよそ750万光年です。
copy from NASA/APOD,
Credit &
Copyright:
Jean-Charles Cuillandre
(CFHT) &
Giovanni Anselmi
(Coelum Astronomia),
Hawaiian Starlight

図2: X線で見たペルセウス座 銀河団。
「あすか」衛星によるX線イメージに、
「すざく」衛星の視野(ピンクの四角; おおよそ20分角=120万光年)を重ねてあります。
この図の横軸は、おおよそ1300万光年です。
この図は、ISAS/DARTSの JUDOを用いて作成しました。(C) JAXA
図3: 「すざく」で観測したクロムとマンガンからのX線シグナル。
上段は、実際のデータ(黒の十字で表示)と「クロムとマンガンがない場合に予想されるモデル (赤の実線)」の比較。
下段は、実際のデータとクロムとマンガンがないモデルの比。
横軸は、X線のエネルギー (キロ電子ボルト単位)。
各元素からのX線シグナルは、
電離状態の元素に高速の自由電子が衝突して励起された電子が緩和するときに出る元素の固有のラインX線です。
X線放射については、こちらを参考にしてください。
(C) JAXA

図4: 太陽(黒い棒グラフ)とペルセウス座銀河団プラズマ(赤の丸)での元素の存在量 (水素1個に対する相対比)。
太陽での値は、このグラフに表示されている全ての元素について測定されている。
一方、銀河団プラズマの場合は、測定されている元素についてのみ表示している。
(C) JAXA
図5: 宇宙の中での元素の流転。今回の観測対象である銀河団プラズマを薄い黄色で示しています。
(C) T.Tamura/JAXA
解説
X線でみたペルセウス座銀河団
銀河団は宇宙で最大の天体で、そこには「天の川」のような銀河が1000個近くも含まれます (図1)。
また銀河の中の星に加え、X線でのみ観測することのできる高温(一千万度から一億度)のプラズマが大量に存在します。
ペルセウス座銀河団は、我々に最も近い銀河団の一つですが、二億五千万光年先にあります。
銀河系外の天体としては、最も明るいX線源の一つです。
X線による観測によって、このプラズマの温度構造や元素の組成比、
あるいは、プラズマを閉じ込めている暗黒物質の分布を調べることができます。
図2に、「あすか」衛星でX線観測したペルセウス座銀河団を示します。
こちらに、いろいろな波長で見たペルセウス座銀河団の画像が置いてあります。
宇宙の元素量の測定
いろいろな種類の天体の中の元素の量を測定することは、天文学の基本です。元素の存在量によって、天体の起源や歴史を推定できます。天文学の長い歴史の中で、太陽や天の川銀河内の星での元素の存在量が測定されてきました。これまではこれらを「宇宙の元素量」と呼んできました。しかし、最近の観測によって、宇宙には、星の総量を上回る量の物質が、高温のプラズマ状態で存在することがわかってきました。したがって「宇宙の元素量」を正しく測定するには、銀河団をはじめとするプラズマの中の元素の量をX線によって調べることが必要です。
今回の「すざく」衛星による観測は、この「宇宙の元素量」の正しい測定の先駆けになるものです。
図3、4に「すざく」衛星によるX線スペクトルおよび元素量の測定結果を示します。
元素の起源
宇宙の歴史の中で、水素とヘリウムの大部分はビックバンで作られます。
それ以外の元素の大部分は、星の中や超新星爆発で作られます。
天文学者は、後者の元素をまとめて「重元素」と呼びます。
星の誕生と爆発が繰り返されると、少しづつ、この重元素の割合が高くなっていきます。
したがって、この重元素の割合から、星の世代交代の進み具合が分かります。
また、星の質量や超新星爆発の種類によって、作られる金属の組成比(例えば酸素と鉄の比)が変わってきます。
元素の起源と流転については、図5、あるいは 「一家に一枚 宇宙図」を参考にしてください。
クロムとマンガン (*2)
クロムは、ステンレスの材料です。またマンガンは、乾電池の素材として、また鋼の強度を高めるために使われます。
これらは、日常生活に無くてはならない重要な元素です。
しかし、これらの地球上での埋蔵量はとても少なく、主要な生産地は少数の国だけです。
そのため、日本では、国家の安全保障あるいは戦略上、備蓄が必要とされてる「レアメタル」とされています。
宇宙全体を考えても、これらは、「レアメタル」です。
例えば太陽系全体で、クロム、マンガンの質量は、全質量の五万分の一、十万分の一しかありません。
したがって、これらの元素からの信号をとらえるには、とても精度の高い観測が必要です。
他の天体でのクロムとマンガンの検出について
我々の銀河系の中の星やマゼラン星雲からはクロムやマンガンを含む、
多様な元素が発見されています。
また、減衰ライマンα吸収線(*5)と呼ばれる系からもクロムやマンガンの信号が検出されています。
減衰ライマンα吸収線系の正体は、遠方の銀河のガスと考えられています。
ただし、銀河の外(=銀河間空間)からは、炭素、酸素、珪素などの一部の元素しか検出されていません。
したがって、今回の銀河団プラズマからのクロムとマンガンの発見は、銀河の外からの信号としても世界初と言えます。
クロムとマンガンの起源
今回発見されたクロムやマンガンはどこで作られたものでしょうか?
クロム、マンガンに限らず、銀河団の中の重元素も元々は、
メンバー銀河の中での超新星爆発によって作られたはずです (図5)。
これらが星間空間に撒き散らされ、さらに、銀河どうしの衝突やプラズマによる剥ぎ取り効果など
によって、銀河の外、すなわち、銀河団プラズマに取り込まれたと考えられます。
重元素の中で、クロムやマンガンは鉄やニッケルと共に核融合爆発型(Ia型)超新星爆発(*3)の中で作られたと考えています。
実際に、
「ティコの超新星」の残骸からもクロムとマンガンからのX線が「すざく」衛星で発見されています。
また、ペルセウス座銀河団での、これらの元素の存在量の割合は、Ia型超新星爆発による理論的な予想と矛盾ありません。
実際に、これらの元素の存在量を計算すると、3000万 太陽質量(クロム)、は800万 太陽質量(マンガン)、20億 太陽質量(鉄)となります。
これらを作るためには、30億回程度の超新星爆発が必要になります。
これらの量は、「すざく」で観測した銀河団の中心部(半径 10分角)での総量です。
銀河団全体では、これらの数倍を越える量となります。
今回の発見を可能にしたのは?
「すざく」衛星(*1)は、日本の大学・研究機関がアメリカとの共同で開発しました。
JAXAによって2005年7月に打ち上げられました。
今回の発見は、高い集光能力を持つX線望遠鏡と優れたエネルギー分解能を持つX線CCDによって実現できました。
加えて精度の高い検出器の較正結果が、微弱な信号を捕らえるための決めてになりました。
今回の測定の意味
我々は、ペルセウス座銀河団のプラズマ中に発見されたいろいろな元素の存在比を、
(1) 「天の川銀河」の中では、平均的な金属量を持つ太陽での値と
(2) とても金属量の少ない星、したがって、宇宙の第一世代に近い星の値と
比較しました ( 詳しくは掲載論文をご覧ください)。
その結果、銀河団の組成比は、(1)にとても似ていることを発見しました。
これは、銀河団プラズマも太陽と同じように何世代にも渡る星の世代交代を経た物質が大量に混ざっていることを示しています。
言い換えると、かなり昔に大量の星が作られ、それに伴う超新星爆発が大規模でおこったと考えられます。
このような過去の大量の星生成活動は、まだ系統的に見つかってはいません
。現在、計画されている大型の望遠鏡を使って遠方の宇宙に見つかるかもしれません。
今後の期待
今回は、ペルセウス座銀河団で測定を行いました。
しかし、宇宙には見つかっているだけでも1万を超える銀河団があります。
その中のたった一つのサンプルを持って「宇宙の元素量」を測定したとは、言えません。
他の銀河団についても精度の高い測定を行いたいと思います。
宇宙年齢138億年の広がりを考えると、ペルセウス座銀河団は、我々にとても近い天体です。
より遠方を観測することで、よりビックバンの時代に近い宇宙の様子を調べることができます。
我々の次の目標は、より遠方の銀河団からのX線を測定して、元素量の進化を調べ、星の世代交代や超新星爆発の歴史をひも解くことです。
また、まったく金属を含んでいない「原始銀河団」が発見される日も近いかもしれません。
日本では、2013年の打ち上げを目指して X線天文衛星 ASTRO-Hの開発が進んでいます。
また、世界中の研究機関が協力して史上最大の 国際X線天文台を打ち上げる計画も進められています。
これらによって宇宙の元素の生成の歴史、すなわち「我々がどこから来たのか」という問題に挑みます。
補足説明
*1 X線天文衛星「すざく」
2005年7月10日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた、わが国5番目のX線天文衛星。
これまでに、われわれの銀河系の中心部の激しい活動、隠されたブラックホールの発見、宇宙線の起源解明など、数多くの成果を挙げてきた。
「すざく」衛星のページ(JAXA)
*2 クロムとマンガン
クロム(Cr:原子番号24)とマンガン(Mn:原子番号25)は、周期律表で鉄(Fe:原子番号26)の直前に位置を占める兄弟元素。
鉄はクロムやマンガンを含むことで、さまざまな機能材料となり、現代社会で重宝されている。クロムはギリシャ語のクローマ(色)に由来しており、その化合物はさまざまな色を持つ。鉄・ニッケルとの合金はステンレスと呼ばれており、耐食性を持つ優れた素材である。
マンガンは硬いが脆い金属であるが、鉄との合金は焼き入れ性や強度が向上するので、自動車の車体、レール、産業機械など、ありとあらゆるところで利用されており、製鉄業界では欠かせない元素である。資源の大半を南アフリカに依存しているが、日本近海にもマンガン団塊として大量の資源が眠っている。ただし、それを採掘する方法は発見されていない。
*3 核融合暴走型(Ia型)の超新星爆発
太陽の8倍より軽い恒星は、その一生の最後に、地球ほどの大きさに縮んで冷えていき、白色矮星と呼ばれる天体となる。もし白色矮星が他の恒星と連なって回っているとしたら、その恒星から白色矮星に向けて水素ガスが流れ込む。そして重さが限界を超えたところで、核融合反応が暴走して、大爆発を引き起こす。これが「ティコの超新星」などが属する核融合暴走型(Ia型と呼ぶ)の超新星爆発の標準モデルと考えられている。
Ia型は全宇宙の超新星爆発の3分の1を占め、鉄の大半を生成していると考えられているが、その爆発メカニズムはほとんど解明されていない。なお、大質量星は、進化の果てに重力崩壊して超新星爆発(II型)となる。
*4 レアメタル
鉄やアルミニウムなどの金属とは違い、その生産量や埋蔵量が限られている希少金属のことを指す。
レアメタルは機能材料として優れているので、産業界のあらゆる場面で用いられる。しかし、産出国が南アフリカや中国などに偏っているので、近年はその確保が国家的な課題となっている。
*5 減衰ライマンα吸収線
遠くの明るい天体(主にクエサー)と我々の間の宇宙空間に物質(主に銀河のガス)によって、天体のスペクトルに吸収線が見られる。
その吸収線の波長や強度によって吸収体に含まれる元素の密度や電離状態を調べることができる。
これらは、クエサー吸収線系と呼ばれている。
これらのうち、特に吸収体の密度の高く、吸収線に減衰ウィングと呼ばれる輪郭が見られるものを
減衰ライマンα吸収線系と呼んでいる。
その正体は、遠方の銀河のガスと考えられている。
研究代表者
独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部
助教 田村 隆幸 (たむら たかゆき)
電話番号などは、こちらをご覧ください。
研究チーム
- 宇宙航空研究開発機構:田村隆幸、前田良知、満田和久
- ケンブリッジ大学 (英国):Andy Fabian, Jeremy S. Sanders
- 名古屋大学:古澤彰浩
- ルトガース大学 (米国):John Hughes
- 中央大学 :飯塚亮
- 東京理科大学 :松下恭子
- 理化学研究所:玉川徹
今回の発表に関する連絡先
宇宙科学研究本部 広報・普及係 までお願いします。
Figures in English may be found here. ,
word 版資料(3 pages),
PDF 版資料(3 pages)
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