月の起源解明への一歩、静かの海の地下にガス空洞の可能性!
~2025年度後期 「総合研究大学院大学 物理科学研究科長賞」 受賞者インタビュー:野澤 仁史氏~

JAXA宇宙科学研究所 春山研究室に在籍していた野澤 仁史(のざわ ひとし)氏(総合研究大学院大学物理科学研究科 宇宙科学専攻/博士課程修了)が、「レーダーデータ解析に基づく内因性揮発性物質を伴う月のマグマ上昇過程の解明」のテーマで研究活動を行い、2026年3月24日に2025年度後期 総合研究大学院大学 物理科学研究科長賞を受賞しました。本インタビューでは、受賞対象となった研究の概要や魅力、今後の展望について伺いました。

野澤仁史氏

この度は総合研究大学院大学 物理科学研究科長賞の受賞、おめでとうございます!受賞の感想を教えてください。

素晴らしい賞をいただくことができ、大変光栄に思います!ただ、指導教員の春山純一先生(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 助教)からは総合研究大学院大学の中で一番上の賞である「SOKENDAI賞」を狙うつもりでとご指導を受けていましたので、少し悔しいですね。

今回受賞した学位論文「レーダーデータ解析に基づく内因性揮発性物質を伴う月のマグマ上昇過程の解明」について教えてください。

私が専門としているのは月です。月の地下には空洞構造*1があることがわかっており、それは溶岩チューブ*2による形成過程が考えられています。今回の研究では、月の静かの海*3と呼ばれる領域において、マグマに含まれる揮発性物質*4が上昇するマグマの先端にたまることによってできるガス空洞が存在する可能性を、日本の月探査機SELENE(かぐや)に搭載された月レーダサウンダー(LRS)の観測から新たに示しました。LRSは自ら電磁波を送信し、月の地下からの反射波を受信することで地下構造を観測できます。LRSデータを解析すると静かの海の東側の領域に、地下空洞の存在を示すシグナルが集中して見られました。西側はマグマより密度の小さい地殻*5が薄いため、マグマがそのまま貫入して噴火する一方、地殻が厚い東側ではマグマが地殻内部で失速、停滞しやすく、マグマから放出された揮発性物質ガスによってガス空洞が形成されやすいと考えられます。アポロ計画で得られた観測では、月内部は地球に比べ揮発性物質が非常に少ないことが報告されていましたが、近年の研究では従来予想されていた以上に揮発性物質が含まれていた可能性も示唆されてきています。今回の発見は、月にどのくらいの揮発性物質があるのか、さらにそれらの揮発性物質が月の形成にどのような影響を与えたのかという、月の起源の理解に重要な手がかりを与えるものと考えています。

図1
図1 月レーダサウンダー(LRS)の観測データ。縦軸に深さ(0[m]が月面を表す)、横軸が緯度を表す。白の波線で囲んだ場所が、本研究で地下空洞と判定された地下エコーである。静かの海の東側には同様の地下エコーが集中して検出された。
(画像はNozawa et al. (2025) を一部改編, doi.org/10.3390/rs17101710)

ガス空洞は、パンケーキを焼いたときに表面にふつふつと出てくる穴のようなイメージですか?

パンケーキの場合は、小さな気泡がたくさんポコポコと出てくると思いますが、月では地下からマグマが上がってくる時に、揮発性物質ガスがまだ固まっていない流体マグマの中を通り抜けて先端にたまり、ガス空洞になると考えています。これまでの月の理論研究や地球の観測からも同様の現象が指摘されていました。今回の研究から、静かの海にこのようなガス空洞がある可能性を観測的に示すことができました。

図2
図2(a)月におけるマグマ上昇のイメージ。地球で観測されている岩脈(ダイク)*6のようにシート状にマグマが上昇する。(b)月の地下におけるガス空洞の形成メカニズム。マグマ上昇の際にマグマから放出された揮発性物質が先端にたまることで大きな空洞が形成される。

ガス空洞は縦孔のように上には開けていないのですか?また、どのような形をしているのですか。

今回観測したガス空洞は上には開けていないので、表面観測では発見することができません。月面を透過できる低周波レーダーで観測することで初めて地下に何かあるということがわかります。ガス空洞の形状については、今回の研究では詳細はわかりませんでした。というのも、本研究で使用したLRSの観測データは月の緯度方向には連続しているのですが、経度方向には約数㎞程度の測線間隔があり、地下の空洞が経度方向に繋がっているのかなどの空間分布を理解することは困難でした。月では、地球で観測されている岩脈(ダイク)*6と同様に、板のようなシート状にマグマが上昇することが考えられているため、地下空洞も線状に形成されている可能性があります。今後、測線間隔を密に取れるレーダー観測で空間分布について調べてみたいですね。

図3
図3 研究対象である静かの海東部の一領域の拡大図。背景はSELENE(かぐや)の地形カメラ(TC)で撮像した光学画像、灰色の線はLRSが実際に観測した場所を示す。測線が経度方向に約数km離れていることがわかる。

なぜレーダーを使って研究をしようと思ったのですか。

惑星の地下構造を探査できる物理探査手法は多数ありますが、その中でも溶岩チューブやガス空洞のような地下数十m~数百m程度の構造を調査する上では、レーダーが最も適しています。本研究では、月のどこに地下ガス空洞があるかがわからなかったので、月を全球的に観測できる衛星搭載レーダーを用いました。先ほどの質問でいうところの水平方向の分布を調べるなら、次のステップとして、衛星搭載レーダーではなく、ローバ*7搭載レーダーによる高空間分解能な観測がいいかもしれません。ただローバは月面を走らせる形でデータを取るので、1台だけだと今回のガス空洞の可能性が示唆された静かの海の東側を広く探査するのは難しいです。いくつかの小型ローバでの観測結果を統合して解析することで、空間分布を調査できたら面白いですね。

この研究が進むと、将来的にどのようなことにつながると思いますか?

将来人類が月に移住する際の、インフラや環境をどう構築するか、というところにつなげていけるのではないかと思っています。実際に、月面や月の地下空洞の中にどういう建物を建てるかなどの構想も民間企業などで検討され始めています。今回の研究で、月のどの領域に地下空洞があるかについて調べ、共有することによって、月の拠点建設やその計画策定に貢献できる可能性があります。

この研究を進めるにあたり、どのような困難がありましたか?

10年以上前に取得されたレーダーデータを、見やすい画像にしたり、シミュレーションを用いてノイズ評価を行ったりする作業はとても大変でした。研究で使用したLRSは、日本で扱える研究者、さらには観測データとシミュレーションの両方の観点で研究できる研究者は限られており、一から自分で研究基盤となるスキルを身につけるのは大変でした。ただ、そのために国内外の研究者の方に積極的にアプローチしたことで、スキルだけでなく、人脈を広げることができ、最終的には逆にこのような困難な環境で研究できてよかったのかなと感じています。

この研究を始めたきっかけは何でしょうか?

インタビューの様子

宇宙に興味を持ったのは、小学校4年生の時でした。地元の図書館で何の気なしに、宇宙の図鑑を開いた時に目に飛び込んできた土星の画像を見て、「本当にこんなきれいな輪を持つ天体が存在しているのか、宇宙ってすごい」と思い、どんどん宇宙に惹かれていきました。ただ何光年、何億光年先の天体は、画像で見ると綺麗ですが、あまりリアルには感じられませんでした。月も地球からは果てしなく遠いですが、人類が到達したことがあり、サンプルを持ち帰り、調べられるというところが現実的に思い、月や火星などの人が行ける惑星を研究したいと思うようになりました。月は、アメリカのアポロ計画を始めとして様々な探査がされていますが、月の表面を調べる観測や、表面に出てきたサンプルを回収して研究するものが主流でした。月面の研究ももちろん重要ですが、さらなる月の理解に貢献するのは、今まで人類が見ていない地下だと思いました。最初はかなり漠然と「月の地下は面白そう」という考えから始めた研究がここまで大きくなって不思議な感覚です。

総合研究大学院大学へ進学した理由を教えてください。

私は大学の学部を卒業してすぐに総合研究大学院大学(以下、総研大)に入ったわけではなく、宇宙系の会社に3年間勤めていました。その会社での業務は面白くやりがいがありましたが、自身に専門的なスキルがないこと、惑星の研究をしたいという気持ちが強く、総合研究大学院大学を受験しました。総研大の春山先生や岩田隆浩先生には受験前にもかかわらず、多くのミーティングを開催いただき、月惑星科学やレーダーという専門性に魅力を感じ、進学しようと決意しました。

国際共同学位プログラムでイタリアにも行かれているのですよね。

はい、デュアル・ディグリーという国際共同学位プログラムで、イタリアのボローニャ大学へ行きました。ボローニャ大学には火星レーダーの第一人者で、火星の地下に液体の水が存在することを初めて発見した先生の研究室があり、そこで最先端のレーダー研究をしたいと考えました。研究に関しては概ね順調に進めることができましたが、やはり言語の壁が大きく、人間関係に苦労しました。私は論文や研究の実績で評価された方がいいという考え方を持っていたので、はじめのうちは積極的にコミュニケーションを取っていませんでした。ですがイタリアでは、コミュニケーションをとても大切にしていて、たとえうまく話せなかったとしても、一緒に時間を過ごすことが大切だと体感しました。自分の中の意識が変わりましたね。今後の研究や仕事では、海外の研究者とコミュニケーションをとる機会がさらに多くなるので、「積極的に同じ場を共有する」というのを心に留めて行動したいと思います。

未来の後輩へメッセージをお願いします!

どの先生のもとで、どんな研究をするかが大切だと思うので、自分が入りたいと思っている研究室の先生と密に連絡を取って納得した上で研究室を決めることが大事だと思います。私の場合は、研究室に入る前に春山先生、岩田先生に10回以上オンラインミーティングをしていただき、先生がどんな方なのか知ることができたので、研究室に入った後もギャップを感じることはなく研究活動を行うことができました。また、興味があり挑戦したいことは、積極的に発信し続けるといいと思います。私は、博士課程1年次(博士課程前期1年次)からイタリアに研究留学したいと言い続けて、4年後になんとか実現することができました。イタリアでの指導教員は、春山先生と懇意にしていた方で受け入れもスムーズで、研究も大変充実したものになりました。宇宙科学研究所には国内外で活躍されている先生がたくさんいるので、研究に関して学生のやりたいことを多方面から後押ししてくれると思いますので、何回でもアピールするといいと思います。

最後になりますが、今後はどのような道に進むのですか?目標や展望を教えてください。

私の最終ゴールは日本発の惑星レーダープロジェクトに携わることです。それを実現するために、進路としては、衛星搭載レーダーの製造やデータ解析を行っている企業に就職します。総研大で5年間、惑星レーダーのデータ処理やシミュレーションを行い、データ解析のスキルはある程度身についたと思っています。今後は、レーダーのハードウェア技術や衛星運用、レーダーアルゴリズムに関する知見を深め、ミッションを実行できる実務的な能力を身につけたいと考えています。また、学術研究分野とのつながりも大事にしたいと思っているので、イタリアのボローニャ大学でお世話になった指導教員との共同研究は続けつつ、惑星分野でプロジェクトを実現できるスキルを身につけていきたいです。

本日は貴重なお話をありがとうございました。将来野澤さんが立ち上げたプロジェクトで、月の地下探査が行われる日を楽しみにしております!

ISAS敷地内にて

用語解説

  • *1 月の地下にある空洞構造:2009年、宇宙科学研究所 春山純一助教が、日本の月周回衛星「かぐや(SELENE)」に搭載されていた地形カメラの画像データから、月の地下に直径50m~100mの巨大な縦孔があることを世界で初めて発見した。また2017年、国際共同研究チームは月の火山地域の地下数10m〜数100mの深さに、複数の空洞の存在を確認。確認された地下空洞の一つは、「かぐや」が発見した縦孔を東端として、西に数10km伸びた巨大なものであった。
  • *2 溶岩チューブ:火山活動で溶岩が地面へ流れると、溶岩は次第に表面から冷えて固まるが、この時内部の固まっていない溶岩が流れ切り、周囲の固まった部分だけが残ることでできた空洞を「溶岩チューブ」という。本研究で示唆されたガス空洞とは異なり、マグマ中に揮発性物質が存在しない場合でも、理論的には形成することができる。溶岩チューブは天井が崩落して穴が開くことがあり、月の縦孔も溶岩チューブの天井が崩落してできたものではないかと考えられている。
  • *3 静かの海(Mare Tranquillitatis):月の表面にある月の海の一つ。1969年7月にアポロ11号が着陸した場所。西側は地殻が薄く、東側は地殻が厚い。
  • *4 揮発性物質:蒸発しやすい性質をもった物質。例えば水など。
  • *5 地殻:地下のマントル領域の上にある、マグマよりも密度の軽い領域(マントル領域は、マグマよりも密度が重い領域)。地殻が厚ければ厚いほど、マグマが浮力で上に上がりづらい。
  • *6 岩脈(ダイク、dyke):地球上の火山にある、岩盤や地層の中に入り込んだ、板のような形で固まっているマグマのこと。
  • *7 ローバ(rover):広範囲にわたって月や惑星表面の移動探査を行う走行車両のこと。クレータや断崖など地殻が露頭している地域などの探査が可能。人が乗っておらず、地球からの指令で動く無人ローバと、人が乗って操縦する有人ローバの2種類がある。

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