湾曲Siブラッグ結晶で切り開く、新しい観測方法!偏光と分光を同時に測るX線衛星を目指して
~第59回(2025年秋季)応用物理学会講演奨励賞、受賞インタビュー:伊師大貴氏~

伊師大貴氏(宇宙科学研究所大学共同利用実験調整グループ/宇宙航空プロジェクト研究員)が第59回(2025年秋季)応用物理学会講演奨励賞を受賞しました。本賞は、応用物理学の発展に貢献しうる優秀な一般講演論文を発表した若手の応用物理学会員に贈られます。伊師氏は、第86回応用物理学会秋季学術講演会で講演された「高温塑性変形技術を用いた湾曲Siブラッグ結晶によるX線偏光撮像分光の実証」のテーマで本賞を受賞しました。本インタビューでは、受賞の感想や受賞した研究の概要について伺いました。

伊師大貴氏

この度は「応用物理学会講演奨励賞」の受賞、おめでとうございます!受賞した感想を教えてください。

まずは率直に、研究成果が評価されて嬉しかったです。実は受賞した研究テーマは学生の頃に別の学会でも受賞していて、今回はその内容を発展させたものなので、そのあたりのつながりという意味でも価値のある受賞だと感じています。聴衆は宇宙分野の方が少なく、工学の方々がほとんどなので、講演会のプレゼンテーションは、宇宙分野以外の方にも興味を持ってもらうために、地上での応用も意識した伝え方になるよう工夫をして、発表練習も入念に行いました。研究成果とあわせて、そういった点も評価していただけたのではないかと思います。受賞については、学生時代にご指導いただいた先生や共著者の先生方、いろいろな方にお伝えして喜んでもらったのですが、中でもこの研究を一緒に進めている学生たちに良い報告ができたことが何より嬉しかったです。

伊師大貴氏受賞の様子
第59回(2025年秋季)応用物理学会講演奨励賞の授賞式の様子。
伊師大貴氏受賞の様子
第73回応用物理学会春季学術講演会では、授賞式にあわせて受賞記念の招待講演が行われた。
第59回(2025年秋季)応用物理学会講演奨励賞の授賞式の様子(左)。第73回応用物理学会春季学術講演会では、授賞式にあわせて受賞記念の招待講演が行われた(右)。

受賞テーマ「高温塑性変形技術を用いた湾曲Siブラッグ結晶によるX線偏光撮像分光の実証」について、教えてください。

宇宙には、ブラックホールや中性子星など、極めて高温で激しく活動している天体が数多く存在します。そこから放射されるX線には、地上では再現できないような極限環境で起きている高エネルギー現象を探る手掛かりが含まれています。私たち研究者は、X線で天体の画像を撮影したり、光子一つ一つの到来時刻やエネルギーを測定したりすることで、天体の性質やそこで起きている現象を詳しく調べています。
画像、時間、エネルギーに続く第四の観測量として注目されているのが偏光です。X線も可視光と同じ電磁波の一種ですので、電場と磁場が互いに直交しながら振動して伝わってきます。その振動方向が揃っている状態を「直線偏光」*1と呼びます。この揃い具合(偏光度)や方向(偏光角)を知ることができれば、天体の周囲の構造や磁場の様子などにも、これまでより深く踏み込むことができます。
私たちは、偏光を高精度で測定すると同時に、エネルギー分布も取得できる(分光も行える)観測装置として、湾曲Si結晶を用いた偏光分光計を開発しています。本日は、湾曲Si結晶の実物をお持ちしました。シリコン半導体で使われている基板と同じ材料でできているのですが、形状をよく見ると、お椀のように曲がっています。シリコン基板は曲げようとすると簡単に割れてしまいますが、加工用の治具(金型)に入れて高温環境下でプレスして変形させる日本発祥の技術(高温塑性変形技術;中嶋ほか 2005, Nature Materials)を使うことで、このような曲がった形状を保っています。

湾曲Si結晶
高温塑性変形技術によって作製した湾曲Si結晶の実物。4インチ(直径100mm)の基板が球面に数mm程度曲げられている。

先ほど、学生時代に同じ研究テーマで受賞経験があるとお伝えしましたが、そのときは湾曲Si結晶を用いて入射X線の偏光測定を行いました。測定の原理として利用しているのは、ブラッグ反射という現象です。結晶では、原子が規則正しく並んでいるため、入射角によって決まる特定のエネルギーのX線が強く反射されます。入射X線が偏光している場合、その偏光方向が入射面(入射光線と結晶面の法線を含む平面)に対して垂直か平行かによって、反射強度が変わります。X線の入射方向を軸に結晶を回転させると、入射面が回転し、回転角に応じて反射強度が周期的に変化するので、その変化から偏光度や偏光角を求めることができます。特に入射角45度付近では強度差が最も大きくなります。こうした測定原理を平板Si結晶ではなく、湾曲Si結晶を用いて実証したのが、学生時代の成果でした。

図1
ブラッグ反射を用いた偏光測定の原理(θ:入射角)。(a) X線の偏光方向が入射面に垂直な場合、反射強度が高くなる。(b) 結晶を回転させて、偏光方向が入射面と平行になると、反射強度は低くなる。

今回はそこからの応用として、結晶を湾曲させる利点でもある、集光や分光の実験を行いました。結晶を湾曲させると、結晶面の向きが場所によって少しずつ異なるため、さまざまな入射角に対してブラッグ反射が起こるようになり、入射X線のうち、異なるエネルギーのものが各々ブラッグ条件を満たす位置で反射されて異なる方向に進みます。放物面に曲げた場合、反射されたX線は異なる経路を通りながら一点に集まります。通常は検出器を焦点に置きますが、あえて少しずらすことで、反射されたX線が検出器上の異なる場所に記録され、その違いから入射X線のエネルギーを求めることができます。実際に湾曲Si結晶にX線を照射して、検出器との距離を変えながら撮影を行いました。実験の結果、湾曲Si結晶を用いた手法により世界で初めてブラッグ反射像の取得に成功し、球面であったために収差はあるものの、集光していく様子や分光されている様子を測定することができました。

図2
ブラッグ反射を用いた分光の原理(θ:入射角、E:エネルギー)。湾曲Si結晶上の位置によって入射角が異なるため、異なるエネルギーのX線がそれぞれ異なる方向に反射され、X線検出部の異なる位置に向かう。

研究を行う中で、どういった苦労がありましたか?

本研究の実験はJAXA宇宙科学研究所30mビームラインで実施したのですが、実際に測定を行うまでにはかなり苦労しました。通常の実験では、数度程度の斜入射でサンプルにX線を入射させ、その反射光を数m離れた位置にある検出器で測定します。本実験では、サンプルと検出器の距離を数十cmにする必要があり、さらに入射方向に対して約90度向きを変えた位置に検出器を置かなくてはならず、実験環境を整えること自体が大きな課題でした。
もともと検出器を設置できる場所は限られていたのですが、私自身が大学共同利用実験調整グループ*2宇宙航空プロジェクト研究員として大学共同利用設備の維持管理運用業務に携わっていることを活かして、検出器がさまざまな場所に置けるよう、新しいシステムを構築しました。非常にチャレンジングな試みでしたが、検出器を置く場所の小回りが利くようになると実験の幅が広がるので、他のユーザに対してのメリットも大きいと考えて、システム構築に踏み切りました。
サンプルや検出器の並進や角度を調整できるよう微動台を導入し、それらを取り付ける治具の設計・製作から始めました。先端工作技術グループ*3の方々には、設計から製作まで大変お世話になり、いざ組み付けた際にも、追加工が必要だった場合には迅速に対応いただき、大変助かりました。ほかにも微動台や検出器を真空チャンバ外から制御するためのシステムを構築したり、それを導入した後も問題なく動くかテストをしたりと、やるべきことがかなり多くて大変でしたが、構想から一年ほどかけてなんとか実現させることができました。今は大学共同利用としても広く使ってもらっています。我ながら使い勝手の良いものと自負しています。

ビームライン実験の様子
ビームライン実験の様子。X線を四極スリット(右)で絞り、湾曲Si結晶(中央の奥)に照射し、検出器(中央の手前)で反射像を取得する。
ビームライン実験の様子。X線を四極スリット(右)で絞り、湾曲Si結晶(中央の奥)に照射し、検出器(中央の手前)で反射像を取得する。

今後の課題を教えてください。

ここまでの研究成果は、まだお椀型に曲げた基板で偏光と分光の測定ができたという原理実証の段階にとどまっています。実用化には、シリコン基板の形状を放物面に曲げる必要があるので、現在は放物面の基板を作るための金型の作製に向けて、企業の方々と相談をしながら進めています。さらに、X線検出部を囲うように結晶を配置すれば、回転させる必要がなくなるため、円周方向に基板を複数枚並べて固定する方法も検討しています。

目指すのは、やはり宇宙です。X線の偏光観測は、日米瑞共同のXL-Caliburの気球実験やNASAのIXPE(Imaging X-ray Polarimetry Explorer)などで注目されていますが、分光性能は限られています。一方で、JAXAのX線分光撮像衛星XRISMをはじめ、今や輝線一本一本を測定できる時代になりました。精密分光と偏光を組み合わせた観測が実現できれば、輝線一本一本の偏光を捉えることで、何か新しい情報が得られるのではないかと期待していますが、十分な光子数を集めるには数m級の大型装置が必要ですので、まだまだ課題も山積みです。
その第一歩として、CubeSatと呼ばれる小型衛星に組み込めるよう、X線検出部も含めて縦10cm×横10cmほどの小型サイズにして、打ち上げることができたらと考えています。小型ゆえに太陽のような明るい天体に限られますが、まずは宇宙実証、あわよくば成果が得られれば御の字です。

インタビューの様子

ところで、宇宙科学研究所(宇宙研)には、どのような経緯で?

この研究テーマは博士課程から本格的に始めたのですが、修士課程では世界初の地球磁気圏X線撮像を目指した「GEO-X(GEOspace X-ray imager)計画*4に搭載する望遠鏡のミラーの研究に取り組んでいました。博士課程を修了し、いざ就職を考えた際に、「GEO-Xのミラーの研究を続けていきたいし、それとは別のテーマでも装置開発をしたいな」という思いがありました。そこで、学生時代から頻繁に利用していた宇宙研のX線ビームラインが非常に素晴らしい環境だったこともあり、ぜひここで働きたいと思いました。そういった経緯で宇宙航空プロジェクト研究員に応募して、GEO-Xの打上げ前の較正試験を宇宙研のビームラインで実施することを主な研究目的として入社しました。フライトモデル候補品の試験も完了しつつあり、当初の目的も十分果たせています。
宇宙研では、自分の研究だけでなく、大学共同利用設備を利用する他大学の先生や学生のユーザサポートやXL-Caliburの気球実験への参加など、さまざまな活動に携わっているので、いろいろなことがかなり手広くできるようになり、人脈も広がりました。非常によい流れでキャリアを積むことができていると感じています。

最後に、宇宙科学を目指す学生さんに向けて、メッセージをお願いします。

この仕事の魅力は、自分の手を動かして機器の開発・評価・環境試験などを行い、実際に宇宙に打ち上げ、観測データを取得して解析をするという一連の流れをすべて経験できるところだと思っていて、私自身はそれが一番の楽しみで研究に励んでいます。最近では衛星計画の大型化によって立ち上げから打ち上げまでが10~20年規模になってきているので、学生の間に開発からデータ解析までを経験できる機会はなかなか多くはありませんが、これが全てできるとすごく楽しいと思いますし、何より自らの手で作ったものを宇宙に打ち上げるという経験は誰にでもできることではありません。
私自身、とても恵まれた環境の下で自分のやりたい実験や研究ができて充実しているので、学生の皆さんも自分のやりたいことを大切にしながら研究に取り組んで、ぜひ楽しんでもらえたらと思います!

本日は貴重なお話をありがとうございました!伊師さんの益々のご活躍を楽しみにしています。


用語解説

  • *1:振動方向が揃いつつ時間とともに回転している状態を「円偏光」と呼びますが、X線帯域での測定には、さらなる技術開発が求められます。
  • *2 大学共同利用実験調整グループ:大学の研究者等が宇宙科学研究所の大学共同利用設備を利用した実験機会が得られるよう、運営・管理を行う組織。
  • *3 先端工作技術グループ:宇宙科学研究所において、研究開発に必要なインハウスでの「ものづくり」を支援する組織。
  • *4:あいさすGATEにて、伊師さんが執筆したGEO-X計画の望遠鏡に関する記事が掲載されています。|最先端マイクロマシン技術を用いた世界最軽量X線望遠鏡で拓く地球磁気圏グローバル撮像

関連リンク