天体プラズマの原子過程を再現する「電子ビームイオントラップ」の研究で受賞!観測・開発・実験ができる研究室で充実した学生生活
~高エネルギー加速器研究機構 測定器開発センター 第15回測定器開発優秀修士論文賞ほか、受賞インタビュー:平田 玲央氏~
2026年2月10日 | あいさすpeople
平田 玲央氏(東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻/博士課程1年)が、高エネルギー加速器研究機構 測定器開発センターにおける第15回測定器開発優秀修士論文賞と、22nd International Conference on Atomic Processes in PlasmasにおけるBest Student Poster Awardを受賞しました!
本インタビューでは、受賞対象となった修士論文「天⽂応⽤に向けた⼩型電⼦ビームイオントラップの開発と⼤型放射光施設SPring-8での多価イオン精密分光実験」の概要や開発した装置の魅力について、伺いました。
この度は受賞おめでとうございます!受賞の感想を聞かせてください。
ありがとうございます。受賞対象となった修士論文では私が修士課程2年間を通して取り組んできたプラズマ実験についてまとめました。長い期間をかけて積み上げた成果の集大成となった一方で、修士論文の執筆においては迫る提出期限と睨み合いながら急ピッチで仕上げたので、異分野の読み手にも伝わるような分かりやすい論文にできたのか不安がありましたが、様々な専門分野の審査委員の方々に評価いただき、非常に嬉しく、光栄に思っています。両親に受賞を伝えた際は、私が苦労しながら論文を執筆している姿を見ていたこともあって、とても喜んでくれました。大型放射光施設SPring-8での実験に携わってくださった他大学・研究機関の先生方にも、受賞の報告ができたので、よかったです。
その修士論文の概要や、開発した装置について教えてください。
私が所属する山口弘悦研究室では、X線天文衛星を利用した天体の観測研究だけでなく、「実験室宇宙物理学」と呼ばれる、観測データを補助する原子物理的なデータ(以下、原子データと呼ぶ)を実験によって自分達で取得して、観測研究に応用することにも取り組んでいます。私の修士論文は、実験室宇宙物理学における実験データの取得までが主な内容になっています。
宇宙に存在する通常の物質の9割以上は高温(数百万〜数千万度)のプラズマ状態にあり、銀河団や超新星残骸のような天体を形成しX線を放射しています。これらの天体の構造や成り立ちといった重要課題を解き明かすためには高温プラズマのX線観測が重要です。2023年に打ち上げられたX線分光撮像衛星XRISMが搭載する軟X線分光装置 Resolve は従来型検出器と比べて1桁以上高い波長分解能*1を実現しています。これにより、天体に含まれる様々な元素の多価イオン(電子を複数失ったイオン)から放射される特性X線(元素ごと・イオンの価数ごとに固有の、単一の波長を持つX線; 輝線)を詳細に分離し、プラズマの温度や運動速度・元素組成比などの重要情報をこれまでになく高精度に測定できるようになりました。X線天文学では一般的に、観測されたX線スペクトルを理論計算に基づくプラズマ放射モデルと比較することで天体の物理量を推定する手法を用います。しかし、多数の電子を持つイオンの構造は複雑ゆえ、特性X線の波長や遷移確率などの原子データの計算が難しく、不定性の大きい現状のモデルによる解釈では最新の精密分光データから情報を最大限に引き出すことができません。この問題を解決するには、地上プラズマ実験による高精度な実験値で原子データを補っていく必要があります。そこで私たちは、原子物理分野で多価イオンの分光研究によく用いられている電子ビームイオントラップ(Electron Beam Ion Trap: EBIT)という装置の本格的な天文応用をしたいと考え、これを宇宙科学研究所(宇宙研)に導入しました。
修士論文では、EBITの開発と性能評価、およびEBITをSPring-8に持ち込んで行った実験についてまとめています。EBITは、電子ビームによって生成された多価イオンから放出される特性X線を検出する装置です。山口研究室のEBIT(JAXA-EBITと呼んでいます)は、ドイツのマックスプランク核物理学研究所(MPIK)の研究室と共同で開発されたもので、天体プラズマで起こる様々なプロセスを再現するために、装置内のプラズマに外部から放射光(高輝度・単色のX線)を入射してイオンと光子の反応を測定します。
一般に、EBIT内で生成されたイオンは電子ビームが作る動径方向のポテンシャルに束縛され、ビーム軸に沿って細長いイオンの雲(プラズマ)を形成します。これまで原子物理分野では、トラップされたイオンとビーム電子の相互作用による発光を対象とした分光研究が盛んに行われてきました。一方、宇宙プラズマの観測ではイオンと光子が反応して起こる発光現象の理解も非常に重要になります。しかし、EBITで使われてきた一般的な電子銃は、陰極から引き出した電子を直線的に加速して撃ち出す構造なので、プラズマが形成されるビーム軸上では光の通り道(光軸)が電極に遮られてしまいます。そのため、従来型のEBITではイオンと光子の反応領域(細長いプラズマと光軸の重なり)が十分に確保できず、イオン-光子反応による発光の分光測定は困難でした。そこでJAXA-EBITでは、光軸を避けた位置にある陰極から出た電子を電場で曲げて軸上に導入するように電子銃の構造を工夫することでこの問題を解決し、イオン-光子反応の分光測定を可能にした点が大きな特徴です。また、従来のEBITが何メートルもある大型な据え置きの装置であるのに対し、私たちのEBITは放射光施設に持ち込んで実験できるように、会議室の長机1個分ほどの小型サイズ(注:全長約2m, 奥行き約0.5m, 高さ約1.5m)で移動可能な仕様になっています。
大型放射光施設SPring-8で行った実験や成果について、教えてください。
宇宙でプラズマが発光するプロセスの一つとして、イオンに当たって吸収された光が様々な方向に再放射される現象(共鳴散乱)がよく観測されています。
この共鳴散乱には、イオンに入射して吸収される光と再放射される光の波長が同じになる、という重要な性質があります。観測研究的には、天体が発した光が共鳴散乱を経て方向転換してプラズマから出ていく様子を考えた場合、散乱前後の波長が変わらないおかげで、観測された1つの波長の輝線に対して、視線方向に飛んでくる輝線光子の数が共鳴散乱によってどれだけ減ったかという議論をすることができ、その減り具合からプラズマの3次元構造や乱流速度を探ることができるため、非常に有用な現象です。
このプロセスをEBITで再現して精密測定するためには、外部から非常に明るく単色性の高いX線を入射する必要があるため、そのような光源として適したSPring-8にEBITを持ち込んで実験を行いました。この実験には、一つ重要なポイントがあります。実験を通して、現在宇宙で観測を行っているXRISM衛星がもたらす非常に精密なスペクトルを解析するのに十分な精度を有した原子データを取得したいわけですが、私たちが実験で使うことができる従来型のX線検出器の分光性能では、XRISMなら分離できる細かい輝線構造を分離することができません。そこで光源が単色かつエネルギーを緻密に制御できることを利用して、入射させるX線のエネルギーを少しずつ変化させることで、検出されるX線強度が共鳴散乱の発生によって変化する様子を精密に測定する手法をとりました。
ここで、入った光と出てくる光の波長が同じという共鳴散乱の性質が非常に役に立ちます。この実験はEBIT内のプラズマに放射光を当てて共鳴散乱された光を検出する仕組みなので、放射光を単色化して一つの波長を持つX線として入射すれば、検出される光も同じ単一の波長を持つことになります。この波長は光源側で精確に決めた既知の値なので、EBIT側の検出器の分光性能によらずに検出された散乱光子の波長を精確に知ることができます。この方法によって、分光性能で劣る従来型の検出器を使っていても、入射する光の高い単色性を活かして非常に精度の良い測定が可能になるのです。
この時の実験では、EBITで16価の鉄のイオン*2を作って輝線を分光し、その波長や強度、波長方向の幅の広がり具合を調べました。*3このイオンは、宇宙のプラズマの中に豊富に存在し、観測的にも重要なのですが、実験データが乏しく、原子構造が複雑なため理論計算にも大きな不定性を持っているので、理論に頼らず実験値の精度をよくすることが大事と考えて、実験の対象に選んでいます。
上述した共鳴散乱の性質を利用した能動的な分光法*4による測定の結果、16価の鉄イオンの輝線の1つについて、XRISMが搭載する分光器をも凌ぐ波長分解能に相当するような、非常に幅の狭い精密スペクトルが得られました。これにより、この輝線の波長と強度について目標とする精度のデータを取得することができました。また、このEBITを放射光施設に持ち込んでの測定は初めてのことだったので、このような測定手法の実証実験という意味でも成果を残すことができました。
今後は、X線天文学で重要な様々な元素・価数のイオンの輝線について、今回実証された手法を用いて同等の高い精度で原子データを網羅的に測定していきたいです。そうして蓄積される実験データによって、XRISMなどで観測した精密スペクトル上の様々な輝線の強度比を調べるなどの詳しい解析で、超新星残骸や銀河団といった天体のプラズマの運動や温度等の重要な情報を精度よく決定することができるようになり、例えば星の進化の過程や宇宙の構造形成といった天文学・宇宙物理学における大きな問題の解明に繋げることができる可能性があります。
この研究を進める中で、一番苦労したことは何でしたか?
一番苦労したのは、装置開発です。私が研究室に配属された時点でEBITの主要部分は組み上がっていたものの、様々な測定をするために必要な装置は完成していなかったので、放射光実験を行うために必要な機能の実装と装置の基本性能の評価に1年ほどかけて取り組みました。私たちの装置は新規開発した一点もののため、装置の特性や操作方法を熟知した人が近くにおらず確立されたマニュアルもない中で、このEBITの開発段階から携わってこられた天野 雄輝さん*5(宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系/宇宙航空プロジェクト研究員)と二人三脚で開発や実験に取り組みました。
まず、測定を何度も繰り返しながら、EBITの真空容器内に試料を安定して導入する方法を確立しました。また、EBIT内部の電子ビームやイオンを制御する電極について、さまざまな設定を試し、測定に最適な条件を探りました。さらに、高度なデータ測定を行うための特殊な読み出し回路が確実に動作するよう、試行錯誤を重ねました。作業は非常に大変で長い期間を要しましたが、実際に手を動かして取り組む時間は楽しく、大きなやりがいを感じました。
博士課程では、どのような研究に取り組んでいますか?
修士論文では16価の鉄イオンについての実験を行いましたが、今後はより価数の高い鉄イオンについて測定内容をさらに発展させた放射光実験を計画しているので、今はその準備としてイオンを取り出して価数分布を測定する装置の開発と実証実験を進めています。また、今年3月に行う予定の、ケイ素や硫黄など他の元素を扱う実験に向けた予備実験も並行して進めています。
EBIT実験を進めるにあたり、これまで原子物理や宇宙物理の実験に精通した多くの研究者からいただいた助言を参考にしながら、課題解決に取り組んできました。次の実験テーマでは、修士課程の際に國中 均 前所長(宇宙科学研究所 研究総主幹付/特任教授)からいただいたアドバイスも活かすことができそうだと考えています。
國中先生と私の専門分野は異なりますが、プラズマを扱う研究という点で実験系として似ています。以前、國中先生が実験室に見学にいらっしゃった際に、私が「今後はこういう元素のイオンを作りたいと思っていて…」とお話ししたところ、「その場合は、こういう物質があるよ」と、実験の具体的なアイディアをいただきました。どんな化合物を使うと実験的に扱いやすいかといった知識は、調べてもなかなかすぐに得られるものではないので、実験の経験が豊富な先生からパッと教えていただけたのは非常にありがたかったです。
さらに、博士課程に入ってからは銀河団の観測的研究にも並行して取り組んでいます。最終的には、EBITを使って自分で測定した実験データを、観測データの解析に応用するところまで自らの手でできたらと思っています。
平田さんはどのような経緯で、EBITの研究に取り組むことになったのでしょうか?
大学学部生の卒業研究で宇宙の研究をやりたいと思ったのですが、私の所属していた応用物理学科には該当する研究室がなかったので、物理学科の研究室に出向いて、天体のX線観測データを解析する研究を行いました。そこでX線天文学への興味が深まったのと同時に、学生実験などで経験した、装置を組んで動かして試行錯誤するような時間も好きだったので、大学院に進む際は、観測も実験も幅広く取り組めるような研究室を探しました。そんな中で、宇宙研の研究室の紹介を聞く機会があり、そこでEBITとそれを活用する実験室宇宙物理学に出会いました。宇宙研に導入されたEBITが非常に新しい装置で、まだ手付かずの分野を開拓していくような実験ができると聞き、始動したばかりの独自の装置を開発・改良しながら研究を進められる環境にすごく惹かれて、今の研究室に進みました。
山口研究室でEBITの研究をすることの魅力を教えてください。
私たちのEBITは、研究室が所有している装置で小規模なチームで運用しているので、使用する上での自由度が比較的高いです。そのため、自分の手をどんどん動かして、成果を上げることができるのは大きな魅力です。ただ、現在はEBITをメインに取り組んでいる学生が自分の他におらず、装置を使っていない時間があるのを勿体なく感じています。研究したい学生が増えて、EBITをフル稼働させるような状態に持って行ければ、成果を最大化できるように思います。
もう一つ魅力的だと思うのは、JAXA-EBITがこれから先もどんどん開発を続けていける装置である点です。EBITは研究者が次に何を測りたいかによって、新たに作るべき装置やアップグレードする部分が変わってきます。自分の考える目標に合わせて実験を提案して、それに合わせて開発を自ら手掛けた装置で実験データを取得し、さらにその実験データを応用することで天体観測データの解釈が進み、新たな現象の理解ができるところまで、自分の手でやり切ることができます。大学院生の時点でこの全てのプロセスに主体的に関わることができるというのは、とても恵まれている研究室ではないかと感じています。
山口弘悦先生(宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系/教授)がXRISMプロジェクトの観測運用で重要な役割を担当されていることもあって、観測に強い研究室と思われている方も多いと思うのですが、今回お話しさせていただいたような面白い実験や装置開発にも取り組んでいるので、興味のある方にこの記事が届いて、仲間が増えたら嬉しいです!
本日は素敵なお話をありがとうございました!今後の平田さんとJAXA-EBITの益々のご活躍を楽しみにしています。
用語解説
- *1:マイクロカロリメータ検出器であるResolveの分光性能はエネルギー6000 eV(電子ボルト)付近の輝線で測定された半値全幅が5 eV以下。これに対し従来型(CCD)検出器は良くても130 eV程度である。
- *2:電気的に中性な鉄原子は、26個の電子を持つ。平田さんの実験では、電子が10個残っている状態の16価の鉄イオンを生成し、測定を行った。
- *3:輝線の波長を実験的に精度良く測ることで、観測スペクトル上の各輝線がどのイオン種のどのような遷移に由来するか同定し、そのイオンがどれくらいの速度で視線方向に運動しているかを知ることができる。また、特定の輝線強度比が精確にわかっていると、観測スペクトル上の強度比を測ることで天体プラズマで共鳴散乱がどの程度起こっているか知ることができ、プラズマの3次元構造や乱流速度を知る手掛かりとなる。一方、輝線の幅の広がりは検出器の波長分解能を表す指標となり、輝線幅が狭いほど分光性能が高いと言えるほか、これも天体プラズマの乱流速度を測る手段になる。
- *4:XRISMなどの宇宙X線観測で行われる一般的に知られた分光法は、検出器に入射した光子のエネルギーを電荷や熱量に変換することで測定し、光子のエネルギースペクトルを描く。この方法を「受動的」と呼ぶのに対し、このEBIT実験ではプローブとなる放射光のエネルギーを意図的に変化させてスキャンする形で検出光子のエネルギースペクトルを描いており、前者とは分光の原理が根本的に異なることから「能動的」と呼ぶ。
- *5:あいさすGATEでは、天野雄輝さんによるEBITの記事を掲載中です|地上プラズマ実験と精密X線分光観測で解明する宇宙の高エネルギー現象