SLIMへの期待
~将来の月面活動に向けてシナリオ検討を進める:佐伯孝尚氏・森治氏インタビュー~

小型月着陸実証機 SLIM

人類が初めて月面に降り立った1969年から半世紀以上が経った現在、再び「月」が注目されています! 2019年5月、NASAは有人月着陸を目指すことを発表し、一連の計画を「アルテミス計画」と名付け、プロジェクトを始動させました。各国が開発に乗り出し、月探査計画が世界的な盛り上がりを見せる中、JAXAも2022年度にSLIM(Smart Lander for Investigating Moon)と呼ばれる小型探査機を月へ打ち上げる予定です。

本記事では、ALL JAXAで取り組む国際宇宙探査において、月面活動の機会を活用して新たな知を想像し、世界をリードする科学技術の成果創出を目指して、ISASの立場からシナリオ検討などを進めている、佐伯孝尚氏と森治氏にお話を伺い、これから打ち上がるSLIMへの期待や、今後の月探査活動について、存分に語っていただきました!

佐伯孝尚(宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 助教)
これまで携わってきた「はやぶさ2」プロジェクトが一段落し、次に取り組む対象天体として、世界的な盛り上がりを見せている月に注目。火星を視野にいれつつ月での持続的な活動を目指す国際宇宙探査の活動に参加。「はやぶさ2」の開発が本格化する前には、SLIMプロジェクトに携わっていた経験も。

森治(宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 助教)
「はやぶさ」「はやぶさ2」プロジェクトなど、小天体を対象とした探査機開発に携わってきた。月に携わったことはなかったが、これまでの経験を活かして新たな分野に挑戦できる良い機会だと思い、火星を視野にいれつつ月での持続的な活動を目指す国際宇宙探査の活動に参加。化学推進に関する部分で、SLIMプロジェクトにも関わっている。

SLIMは、「降りたいところに降りる」というピンポイント着陸技術の実証をプロジェクトの目的としていますが、この技術の重要性や価値について教えてください。

対談の様子:右から、佐伯孝尚氏、森治氏、藤田(インタビュアー)

佐伯: 月については、JAXAが打ち上げた月周回衛星「かぐや」をはじめとして、世界各国の着陸機や周回衛星が探査を行っており、既に多くの情報が得られています。月面の高分解能な画像データから情報を得た科学者たちから、「あのクレーターの隣にある、あの岩石を調べたい」といった声があがるんです。理学者が魅力的だと思う科学を、工学者も認識し、実現に向けて技術開発の連携を取れるのがISASの強みですよね。ピンポイント着陸技術が実現できれば、今よりもう一歩先の科学が出来るだろうと期待しています。

森: 日本はまだ月面に着陸機を着陸させたことはありませんが、持続的な月面活動を行うには、まず着陸技術を獲得することが重要です。周回に比べて着陸は難易度も高くなりますし、小天体と重力天体で着陸技術は大きく異なります。

「はやぶさ2」がリュウグウへ着陸した技術と、SLIMが月へ着陸する技術は異なるのですか?

佐伯: リュウグウは重力がとても小さいので、ゆっくりと降りることができ、様々な操作を行いながら精度良く着陸することが可能です。また、もし問題があれば、エンジンを噴射し再上昇しやり直すことも可能ですし、着陸の事前練習を行うことも可能です。

森: 「はやぶさ2」では、降下リハーサルなども実際にリュウグウで実施していますしね。

着陸降下中のSLIM

佐伯: でも、月は重力が大きいので、ゆっくりしていると重力に引っ張られる時間が長くなり、長期間墜落しないようにエンジンを逆噴射する必要がでてくるので、使用する推薬は膨大となってしまいます。また、予備のために着陸2回分の推薬を搭載するのは、重量的な観点で現実的ではありません。一回勝負で、着陸降下も速いというのが月面着陸の難しさです。「はやぶさ2」とは全く異なる世界で、とんでもなく難しい技術だと言えます。

森: 月は身近な天体で、事前の観測データもあるから簡単だと思われそうですが、重力というファクターが着陸を格段に厳しくしてしまいます。

佐伯: ただ、我々が将来探査したいと考えている火星や木星衛星などは重力天体です。SLIMには、今後の重力天体探査に繋がる技術を切り拓く重要な役割もあるんです。

SLIMの挑戦はたくさんありますが、その中でもお二人が注目していることは?

佐伯: 軽量化のアイデアは面白いなと思っています。軽量化は、ほとんどの探査機に共通する課題ですが、SLIMは少し変わったアイデアで軽量化を実現しています。通常は探査機の構造体の中に推薬タンクを格納するのですが、SLIMでは、推薬タンクそのものを探査機の構造体として捉え、他のコンポーネントを推薬タンクの周りに取り付けるといった斬新なデザインにしています。こういったアイデアは今後の探査機設計にも繋がるのではないかと思います。

森: 私が期待しているのは、推進システムです。SLIMでは、少しでも燃費をよくしようと工夫がされていて、その1つにセラミックスラスタがあります。スラスタ燃焼器(エンジン噴射部分のノズルのようなもの)には金属を使用するのが一般的で、金属冷却用に推薬の一部を費やすのですが、今回は耐熱性の高いセラミックを使用し、その分の推薬を節約します。また、着陸までに推薬を大量噴射することになりますが、タンク内の推薬が減少し、圧力が変わると、推力も変わってしまいます。そういった変化がある中で着陸を目指すのは非常に難しい技術なので、そこも注目しています。

佐伯: SLIMには日本初の挑戦が多くあります。ですが、それらの技術は今後の月面活動の土台となるので、是が非でも成し遂げてほしいと願っています。

今後の月面活動というワードが出ましたが、SLIMの後に続く月面探査計画についてお聞かせください。

対談の様子:森治氏

森: 皆さんが思い描く月面活動は、月面基地建設、月面への長期滞在、月資源の利用などかと思います。これらを実現させるには、継続的に月面で活動する技術が必要です。国際的な宇宙探査計画にも協力・貢献しつつ、日本として獲得すべき技術を着実にものにしてゆくことが重要です。

佐伯: 科学成果を挙げることも諦めない。まずは今後10年でどういった技術を獲得しながら、どういった月の科学を行えるか、ということを考えています。JAXAの様々な部署で月を舞台にしたプロジェクトが検討されていますが、ISASとしては宇宙科学の立場から魅力的なミッションを提案していきたいです。

森: 日本が取り組むべき月面における科学として、「月面からの天体観測(月面天文台)」、「重要な科学的知見をもたらす月サンプルの選別・採取・地球帰還」、「月震計ネットワークによる月内部構造の把握」の3テーマが現段階で取り上げられています。いずれも日本の得意分野で、世界第一級の科学成果を創出することが期待されています。これらのサイエンスをやることでキー技術を獲得し、日本の月面活動を盛り上げるきっかけとなればよいなと考えていて、そのためのシナリオを検討している段階です。

民間企業との連携などもお考えですか?

佐伯: もちろん民間企業との連携も視野に入れています。月面に降り立ちさえすれば、重力があるので、宇宙よりも地上の技術が役立つだろうと思います。民間企業の進んだ技術を活用すれば、月面活動の幅は格段に拡がります。

森: 確実性と挑戦のどちらを選ぶかというと、多少ローテクだとしても手堅く行こうという選択をする場合が、宇宙開発の世界ではままあります。技術検証の機会が圧倒的に多い地上技術の方が発展は速いですよね。その技術を取り入れない理由がありません。月面での活動が日本企業の活性化にも繋がるとよいですね。

佐伯: そういった世界を創るためには、月面に降りることが絶対条件。成功しなければその先の世界が拡がらないという意味で、SLIMはとても重要な一手だと言えます。

SLIMの打上げ時期についてはどう捉えていますか?

森: SLIMプロジェクトが立ち上がったのは結構前で、当時はあまり注目していなかったですが、月探査に携わるようになると、この時期にSLIMが計画されていることに感心します。

佐伯: そうですね!このタイミングでSLIMが計画されていなければ、今後の月面活動について何の話も出来なかったんじゃないかと…(笑)今、この技術獲得のために乗り出していなければ、月面軟着陸が実現するのはさらに10年先になっていたかもしれない。日本が、月面探査へ主体的に取り組める数少ない国の1つでいられるのは、SLIMがこの時期に活動していたおかげです。

森: 最近は、民間人がISSへ行き、「次は月旅行だ」と宣言したり、内閣総理大臣が「日本人宇宙飛行士の月面着陸の実現」を表明したりと、宇宙や月に対して世間の興味関心が高まりつつあると感じています。そんな中でSLIMが打ち上がり、着陸に成功すれば、とても素晴らしいタイミングじゃないかと思いますね。世界も待ってくれる訳ではありません。中国が月面からのサンプルリターンに成功するなど、各国の技術躍進に日本が置き去りにされないためにも、この時期のSLIM打上げは逃してはいけない絶妙なタイミングだと思います。

SLIMは小型探査機ですが、今後の月面活動に向けて大型探査機の検討もしているのでしょうか?

対談の様子:佐伯孝尚氏

佐伯: SLIMが成功すれば、すぐに大型化を検討しなければなりません。

森: 小型探査機で挑戦できることも多くありますが、月面活動の目的を考えると大量の物資輸送は必須だと思いますし、大型化は避けられません。

佐伯: SLIMで得た技術を利用できる部分もありますが、大型化によって改めて検討が必要な技術もあります。今後は着陸後の世界を開拓していく必要があります。魅力的な科学も行いながらそういった技術を着実に獲得していきたいです。

森: 今後の国際宇宙探査という点で、ISASだけでなく、ALL JAXAで連携していきたいですね。

最後に、SLIMへのメッセージを

佐伯: SLIMの成功は、今後の月面探査プロジェクトだけでなく、その先にある火星探査や他の重力天体探査など、将来の惑星探査を拓く、非常に重要な第一ステップ。吐きそうになる程のプレッシャーがかかると思いますが、頑張ってほしいなと思います!

森: とても期待しています!期待されるほどやりがいがあるということは、プロジェクトの方々がよくご存知だと思います。我々も、将来の月面活動を見据え、皆がワクワクするような魅力的なミッションを探していきたいと思います。

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