宇宙最大の天体である銀河団は、巨大な「宇宙線の貯蔵庫」であると考えられている。銀河団を構 成する銀河は、超新星爆発や活動銀河核起源のアウトフローを介して銀河団内物質(ICM)中に宇宙 線を供給する。銀河団に蓄えられた宇宙線原子核と高温ガスとのハドロニック相互作用(pp衝突)に より放射されるニュートリノは、IceCubeが発見した高エネルギーニュートリノ背景放射の起源に なりうると考えられてきた。一方、一部の銀河団からは空間的に広がった電波放射が検出されてい る。その電波放射の起源としては、銀河団衝突で励起された乱流による宇宙線電子の再加速が有力 視されている。我々は宇宙線陽子がpp衝突による2次電子生成を介して電波放射に寄与することに 着目し、pp衝突と乱流再加速の両方の物理過程を考慮したモデルで、銀河団の電波観測と整合的な 宇宙線電子・陽子の両方の分布を調べた。準解析的手法によって400個の銀河団の質量進化を模擬 し、それぞれの銀河団に対して宇宙論的なタイムスケールでの宇宙線分布と放射の時間発展を計算 した。我々は電波放射の諸性質が1次電子の乱流再加速モデルで説明できることを確認し、宇宙線 陽子の存在量に対する上限値を求めた。その結果、構成銀河からの宇宙線陽子の注入率がICMの重 元素量から予想される値よりもずっと小さい必要があることがわかった。また、銀河団ガスからの ニュートリノ放射はIceCube背景放射の主要な起源にならないことが確認された。乱流加速モデル では宇宙線陽子のスペクトルがハードになるため、近傍に大質量の銀河団があれば、そこからTeV ガンマ線を検出できる可能性がある。発表では、「宇宙線注入率が小さすぎる」という問題に関し て、従来の貯蔵庫モデルと再加速モデルそれぞれの改善点について議論する。