現代の標準的な宇宙論では、宇宙誕生から数十秒-20分程度の間に起こったビッグバン原子核合成 によりHとHe、ごくわずかなLiとBe原子核が合成されたと考えられている。一方でBeより重い全て の原子核、すなわちOやSi、Ca、Feといった生命や人類文明に必須の元素は、ビッグバン元素合成 後の長い宇宙史の中で生まれたものである。これらの重元素は、HやHeを主とする始原ガスから生 まれた恒星の内部核融合、および恒星がそのライフサイクルの最期に起こす超新星爆発における元 素合成で生成される。小中質量星由来の白色矮星が起こすIa型超新星や、8倍太陽質量を超える大 質量星が起こす重力崩壊型超新星により星間にばらまかれた元素は、新たな恒星の材料である星間 ガスとなり、あるいは多数の超新星で形成されるスーパーバブルやスターバースト銀河からの銀河 風で銀河の外に拡散される。このような宇宙の元素合成と拡散の歴史、つまり宇宙の化学進化を解 明することは、現代天文学が取り組む重要な課題のひとつである。 銀河団は早期型銀河を主とする数千から1万の銀河で形成された宇宙最大の自己重力束縛天体であ る。また、銀河間や銀河内部を満たす高温ガスには、化学進化の過程で放出された元素の数割が含 まれている。これらの高温ガスにとりこまれた物質は数keV(数千万K)に熱せられて、元素ごとに 固有の特性X線を放射しているため、高温ガスからのX線スペクトルを調べることによりガスの元素 組成が測定できる。また、観測された組成比を超新星元素合成モデルと比較することにより、その おおまかな妥当性を評価することも可能となる。本講演では、公開されたX線データを用いて銀河 団ガスやスターバースト銀河の高温ガスにおける元素組成比の詳細な測定をおこなった手法や結果 について紹介する。