観測天文学において、減光は避けられない事象であり、その補正は永遠の命題と言える。しかしな がら、ともすると減光は目標天体の「前景」の問題と捉えられ、減光補正は目標天体の解析とは切 り離されて扱われる傾向にある。ところが、輝線天体の減光量を正しく見積るには、目標天体輝線 ガスの物理状態を知る必要がある。従い、実際には減光補正とプラズマ解析は包括的に行って無矛 盾最適解を求める必要がある。しかし、先行研究を紐解くと、無矛盾最適解を厳密に追求するケー スは期待に反して多くはない。 一般的な減光則を用いて輝線天体分光データを補正する場合、標準波長(一般的には水素バルマー β輝線)の青側・赤側で逆センスの補正になる。そのため、プラズマ診断で用いる輝線が標準波長 の両側にまたがって分布している場合、減光量見積りの精度がプラズマ診断の精度に如実に影響を 与えることになる。日常的に多波長分光データを扱うようになった昨今、これは由々しき問題にな りかねない。 そこで我々は、最低5本の水素再結合線を検知できれば、目標輝線天体の分光データから、目標天 体視線方向の減光量(c(Hβ); 天体周辺、星間、銀河間由来すべて含む)と規格化された選択減光 (Rv)、並びに、目標天体輝線ガスの電子温度(Te)と電子密度(ne)を一括同定する方法を開発 した。ここに提案する方法では、減光補正とプラズマ解析の相互依存性からc(Hβ)とRvをTeとneの 関数と表すことにより、減光補正とプラズマ解析の無矛盾最適解を求めることが可能となる。特に、 自家分光データのみから目標天体視線方向のRv値をも求められる、という点は画期的である。 ランダムモデルを用いた検証により、輝線強度の観測精度が数%の場合、c(Hβ)とRvは10%程度、Te は数%の精度で解が求められることが示された。neの精度は、水素輝線がそもそも電子密度にセン シティブな輝線ではないために劣るが、この方法で決まるTeと他の密度診断輝線によるプラズマ解 析を組み合わせれば、数%の精度で求められる。この新手法は、惑星状星雲のプラズマ解析精度の 向上を動機として開発されたが、得られる輝線が少ないような暗い遠方の輝線天体にこそ有益な手 法と思われるため、この機会に紹介させていただきたい。 この研究は2023年度の国立天文台(大学支援経費)「委託研究」事業の支援を受けて行われている。