宇宙を過去に遡ると「火の玉」であったとするビッグバン仮説は、宇宙マイクロ波背景放射(CMB) を最有力の手段として観測的に検証され、現代の宇宙論のパラダイムの根幹として確立された。し かし、その著しい特徴である地平線問題や平坦性問題は、さらに深遠な物理の存在を示す。それら を説明し、ゆらぎの起源まで解明するのがインフレーション仮説である。この仮説を検証する最有 力の手段は、またも CMB の観測である。同仮説が予測する原始重力波が、大角度スケールに渡る 四重極放射の B モードパターンとして、CMB偏光のゆらぎに刻印される。これは現在の技術で観測 可能で、仮説の検証と重要パラメータであるテンソル-スカラー比(r)の決定ができる。これまで、 衛星プラットフォームでこの聖杯に最も近づいたのは、2009年に打ち上げられた欧州の Planck 衛 星 HFI 装置である。同装置は、極低温検出器を用いた高感度の偏光観測を太陽-地球第二 Lagrange (L2) 点で実現し、大角度・広帯域の全天偏光マップを初めて作成した。しかし、HFI 装 置による観測データには、地上では見られない宇宙線の信号が想定以上に含まれていた。時系列デー タから宇宙線信号を除去することで科学成果に繋げたが、これによるデータの劣化が限界となり、 大角度の偏光異方性の有意な検出にまでは至らなかった。2020年代後半に打ち上げ予定である LiteBIRD 衛星は、同じく L2 点で極低温検出器を用いて、大角度スケールの B モード偏光観測を 行う衛星計画である。rの測定誤差を10^-3 以下に抑えるミッション要求は、高い有意度で原始重 力波の存在を確認し、インフレーション仮説の検証を可能にする。Planck 衛星の結果から、宇宙 線の影響の抑制が最重要課題の1つであることは明らかである。現在、LiteBIRD 衛星は設計段階 にあり、宇宙線による影響の定量的な評価は行われていない。また、微小な目的信号に宇宙線が混 入した観測データをどのように処理すべきか(特にデータの大半を捨てるミッション部の機上デジ タル処理器で)は検討されていない。これらを現時点で定量的に行うためには、現実的な観測を模 擬した時系列データが必要である。本研究ではこれらの課題に取んだ。