229Th には基底状態からの差がわずか数 eVの核異性体が存在し、このアイソマー状態と呼ばれる 準位を用いることで原子核時計が実現できると目されている。これは微細構造定数の時空間変化も 捉えることができるほど精密であるが、裏を返せばそれだけ正確にアイソマーエネルギーを測定す ることが必要だということである。 現在までさまざまな実験方法でこの測定が試みられてきたが、どれも間接的な計算によって求めら れているため、誤差の大きいものとなっている。そこで 2018 年 10 月から 2019 年 3 月にかけ て、超伝導遷移端 (TES)型マイクロカロリメータを用いて直接アイソマーエネルギーを導くための 実験がなされた。本研究では、その3 つある TES channel が長時間にわたって観測したデータを 解析し、そのうえで必要になる手法を確立した。 まず、TES の動作点が異なればそのふるまいが異なることから、それらが混在してノイズにならな いように、安定したオフセット電圧を持つ 2 つの時間範囲を抽出した。そして、パルスデータが 相似でありノイズデータと独立であることを仮定し、最適フィルタ処理を用いることでノイズを除 去した。さらに、パルスの大きさがオフセット電圧と相関関係にあり、これが分解能を損なってい ることを見抜き、スペクトルエントロピーを最小化することで補正した。 以上の工夫を施したエネルギースペクトルでは、229Th のものと思われるピークが 29180.8 +3.3 −4.4 eV に見つかり、18.53 +3.4 −2.2 eV の分解能を達成していた。これは先行研究の分解能を大 きく上回る結果であった。また、今回は直接ダブルピークを区別することはできなかったが、モデ リングすることによって目的の達成のためにはあとどれくらいイベント数が必要かを計算した。