科学論文の英文校閲の現場で遭遇する多種多様な問題の中で、修正する箇所として最も多いのは、 ほぼ例外なく冠詞と可算非可算、単数複数の用法です。筆者が相当の英語上級者であっても、いや むしろあればこそ、割合的にその点が頻出修正事項になります。不幸なことに、冠詞と名詞の単複 ほど本質的に校閲が難しい点はありません。なぜならば、基本的な誤りでない限り、文法的にはど ちらでも正当であることが普通だからです。 しかし、いかに文法的に正しくても、冠詞と単複を誤ると、文意が筆者の意図と大きく異なってし まうことがままあります。正確さと精密さとが命の科学論文においては、書く場合はもちろん読む 場合でさえ、これは致命的になりかねません。そんな時、文法的には正しい以上、読者が読み取る 判断の拠り所は、文章の背景知識に基づいた「常識」だけになります。ところが、例えば「太陽は 1個」が世の常識であっても、天文屋の常識は異なることもありましょう。あるいは自ら開発した 装置の「常識」を読者に要求するのは無理難題というものです。究極的には、筆者の意図に沿った 「正しい」冠詞や単複は、筆者にしか説明できないものなのです。 本講演では、自身かつては天文学研究者であり、近年は一流の天体物理論文の校閲を数多く請負っ た講演者により、日本人科学者による誤用の実例も使いながら、英語の冠詞と数詞のテーマに構造 的に切り込みます。日本語ネイティブならではの視点から、実用的な対策も提案します。