PLAINセンターニュース第148号
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「すざく」衛星のデータプロセシング

海老沢 研
PLAIN センター
尾崎 正伸
高エネルギー天文学研究系


 「すざく」衛星(打ち上げ前の名称は Astro-E2) は、2005年7月10日に USC (Uchinoura Space Center) から打ち上げられ、その後主観測装置 XRS の不具合(ヘリウム冷媒を失い、観測不可能に)というトラブルもあったが、XIS(X 線CCDカメラ)、HXD(硬X線検出器)という残り 2つの観測装置は 8月以来順調に観測を続け、貴重な観測データを出し続けている。2006年 3月末までは、SWG (Science Working Group) フェーズで、観測装置もプロセシングシステムもまだテスト運用の状態だが、2006年 4月からはいよいよ一般公募に基づいた観測が始まり、「すざく」は世界中のユーザーの利用に供する軌道上の X線「天文台」として、新たな一歩を踏み出すことになる。それに伴い、我々「すざく」プロセシングチームは、「すざく」の検出装置には詳しくない一般の研究者でも安心して使い、優れた科学的成果を生み出すことのできるような高品質データを提供する、という重要な任務を担うことになる。

 「すざく」は、その前任者の「あすか」と同様、日米共同ミッションであり、一部の検出装置と同じく、データプロセシングとソフトウェアもアメリカ (NASA/GSFC) と共同で開発している。(実際、海老沢は 2005年 7月までは、アメリカ側で「すざく」プロセシングシステム開発に従事していた。)打ち上げに失敗した Astro-E1 を含めると、これが 3機目の日米共同 X線衛星であり、データプロセシングに関しても、数々の試行錯誤や反省をもとに、過去10年以上に渡って日米で多くの知恵と経験を蓄積してきた。そのお陰で、「すざく」打ち上げ後ただちにプロセシングのプロトタイプが稼動し始め、2005年 12月には、一部の初期データを世界中に無償でテスト公開することができた。データが取れ始めてわずか 4ヶ月ほどで、高度にプロセスしたデータを公開するということは、他の天文衛星ではなかなかできないことであり、これは日米の「すざく」チームのすぐれた協力体制の賜物といえよう。2006年 2月時点で、まだ「すざく」データプロセシングシステムはテスト中であるが、2月末頃には「Revision 1」と呼んでいる標準パイプラインプロセシングが日米で同時に走り出し、衛星が観測を行ってから、ほとんど人手の介入なしで PLAIN センターのデータベース「DARTS」を通じてゲストオブザーバーにデータを配布できようになるはずである。

 図1に「すざく」データプロセシングの流れ図を示す。これに沿って、以下、要点に番号をつけて説明する。


図1:「すざく」データプロセシングの流れ
(クリックすると大きい図が見られます。)

 こういう図にしてしまえば単純に見えるが、そこには「あすか」以来、宇宙研と NASA の研究者が現場で搾り出した知恵が数多く盛り込まれており、これらはきっと X線天文以外の科学衛星データプロセスの参考にもなると考えている。

 衛星テレメトリデータは USC で受信し、クイックルック解析 (QL) はそこで行う。データは相模原の宇宙研に伝送後、SIRIUS データベースに格納される。(1) SIRIUS は直ちに Raw Packet Telemetry (RPT) という FITS ラッパをかぶせたポータブルなファイルに変換される。SIRIUS はポータブルでなく、他機関に送ることはできない。一方、RPT は FITS フォーマットなので、どこでも、どのコンピューターでも、テレメトリフォーマットさえ知っていれば、読むことができる。SIRIUS から RPT への変換時に失われる情報が皆無であることが決定的に重要である。そのため、いったん RPT ができれば SIRIUS に戻る必要がない。また、 (2) 衛星の QL 解析のために、USC でテレメトリからも RPT を作ることもできる。これによって、RPT 以降のプロセスを共通化でき、QL 用に独自のシステムを開発する必要がない。

 (3) RPT は、高エネルギー天文の標準フォーマットに従った First FITS Files (FFF) に変換される。RTP は「すざく」固有のテレメトリフォーマットを知らないと解釈できないが、FFF の段階になれば、X線イベント情報、共通機器の HK 情報などが、わかりやすく書き下された形で出てくる。RPT から FFF への変換時も、衛星の HK も含めて一切の情報を失っていない。よって、FFF 以降のプロセシングでは、「すざく」のテレメトリフォーマットを知る必要がない。

 (4) RPT へのアクセスは FFF 作成以外の目的では原則として禁止、キャリブレーションも含め、すべての解析は FFF から行う。検出器チームさえもテレメトリーフォーマットに戻ることができない、というのは自ら課した非常に大きな「縛り」であるが、このルールのお陰で検出器チーム外、すざくチーム外の人間も、すべての衛星情報に平等にアクセスできることが保障されている。これは公正なキャリブレーションのために本質的なことである。このように衛星の完全な「情報公開」を行うことにより、開発に携わっていない人間も、データ処理や品質に疑いを持たず信用して衛星データを使う事ができる。あるいはもし疑問があれば自分で問題を調査することができる。

 FFF の段階では、各イベントの正確なエネルギーや位置などの多くの情報が未決定であり、これはその後のキャリブレーションで埋められる。しかし、(5) FFF はその後のプロセシングで決めるべき情報を記入する場所をすでに持っている。X線イベントの FFF(イベントファイル)は、巨大な二次元テーブルにヘダーがついたようなもので、一行がひとつの X線イベントに対応、各コラムがイベントの属性である。FFF の時点では多くのコラムは空っぽでヘダーに値も詰まっていないが、後から埋めるべきコラムとヘダーをすでに用意してある、というのがポイントである。キャリブレーションが完了し、そこからただちに科学的解析が可能なファイルを Second FITS File (SFF) と呼ぶが、(6) FFF と SFF のフォーマットは全く同じである。そのため、同じキャリブレーション用ソフトウェアを FFF にも SFF にも掛けることができる。つまり、(7) SFF から再キャリブレーションが可能で、キャリブレーションの度に FFF に戻る必要はない。ユーザーには SFF と、軌道、姿勢等の付属ファイルだけが配られるが、データを受け取った後にキャリブレーションが更新されたとしても、自分で SFF から再キャリブレーションが可能である。

 RPT からテレメトリフォーマットを解釈して FFF を作るソフトウェア、および FFF から SFF を作るソフトウェアは、日本の検出器チームが開発した。基本的に、(8) 機器の地上試験と衛星データプロセシングに同じコードを使っている。詳細は省くが、検出器チームが地上試験におけるリアルタイムプロセシングやキャリブレーションのために開発したコードを、インターフェースを変えるだけで衛星データプロセスに使えるようなシステムを開発した。これが成功したお陰で、ソフトの二重開発、二重管理の手間を省くことができた(「あすか」ではその問題が日米間で発生し、非常に苦しんだ)。FFF 以降のプロセシングは、NASA/GSFC から配布される FTOOLS パッケージで行う。そのうち、特に FFF から SFF を作るために日本の検出器チームが書いた FTOOLS を Critical FTOOLS と呼んでいるが、Critical FTOOLS は宇宙研から NASA/GSFC に送られ、そこで厳密なテストの後に FTOOLS の一部としてパッケージ化され、そのパッケージが宇宙研にインストールされる。このように日米間でソフトウェアをキャッチボールすることにより、双方のプロセシングシステムが同一であることが保障される。同様に、日本で開発されたキャリブレーションファイルも GSFC に一旦集められ、そのデータベース(CALDB)を宇宙研にインストールしている。

 また、(9) データプロセシングをフリーの配布ソフトで行っていることが大事で、「すざく」のデータ解析も再プロセシングも、誰でもお金をかけずに行うことができる。(10) FTOOLS はマルチプラットフォーム、マルチミッション対応で、Linux, Mac OS X, Solaris など、研究分野で使われているほぼすべての主要アーキテクチャの上で走り、全く同じ結果が出ることが確認されている。SFF の段階までできたら、衛星依存性、機器依存性はすでに補正済みなので、「すざく」を良く知らない研究者でも、他の衛星と同じような解析をして、画像、ライトカーブ、エネルギースペクトルなどを抽出することができる。

 以上述べたようなシステムが、宇宙研と NASA/GSFC 双方で滞りなく走るようにするために、ソフトウェアとキャリブレーションファイルの厳密な管理が決定的に重要である。特に初期の開発段階では、頻繁にソフトウェアとキャリブレーションを更新するわけだが、(11) ソフトウェアとファイルの公開の手順が厳密に決まっている。たとえば、ソフトウェアとキャリブレーションファイルについて、宇宙研側、GSFC 側に担当者が決まっていて、検出器チームが開発したソフトウェアとファイルは、必ず決まった宇宙研担当者を通して GSFC 担当者に流れるようになっている。そうやって一元的に、ソフトウェアとキャリブレーションのバージョン管理を行っているお蔭で、プロセシングの成果物である SFF を見たときに、その素性をテレメトリーのレベルからすべて辿れるようになっている。このような「品質管理」をきちんと行わないと、いちど出版された結果をもう一度アーカイバルデータに戻って再現しようとしても不可能、ということが起こりうる。そういう問題が「すざく」では起きないよう、細心の注意が払われている。

 さて、技術的な側面に絞って「すざく」のプロセシングを説明してきたが、こういう巨大な国際プロジェクトでもっとも大事なのは、人間同士の信頼関係である。各チームあるいは個人が自分のソフトウェアやキャリブレーション結果を出し渋ったり、他のチームと歩調を合わせずに独自のソフトウェアを押し通そうとすると、全体として決して良いものにはならない。その点、日米の「すざく」チームは、「あすか」以来の古い付き合いで、非常に風通しがよく、個々の開発者が常に全体の利益を考えているので、プロジェクトがとてもスムーズに進んでいる。また、「すざく」チームのほとんどのメンバーは Chandra や XMM-Newton のゲストユーザーとして恩恵を受けており、衛星データを使いやすくして公開することが、その衛星の評判を高めるということを知っている。XRS を失って100点満点は取れなくなってしまったが、XIS と HXD の性能を最大限生かし、高品質で使いやすいデータシステムを開発することで、日本、アメリカ、さらにそれ以外の国の数多くの研究者が、「すざく」を使ってすぐれた科学成果を出すことを期待している。




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